平成30年1月16日、法制審議会民法(相続関係)部会第26回会議において、「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案」が示されました。要綱案のなかでも、新しく権利が創設される配偶者(長期)居住権が注目に値するのではないかと思われます。

そこで、今回のコラムでは、現時点の民法(相続関係)改正の動向をご紹介したいと思います。
なお、本コラムは、執筆時点で公表されている情報を前提に解説するものですので、今後の審議の過程で、内容が変更される可能性があります。検索エンジン等によって本ページに辿り着いた方は、必ず最新の情報をご確認ください

1. 配偶者居住権を創設する背景

住宅イメージ

配偶者の一方が亡くなった場合であっても、それまで暮らしてきた家に住み続けることが通常であって、新たな住居に移ることは大きな負担になると考えられます。また、高齢化社会の進展によって、相続が発生した時点では、他方の配偶者も高齢であることが多くなり、自らの生活の保障も容易ではないことが想定されます。

そこで、「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案」では、残された配偶者の生活を保障するために、「配偶者短期居住権」「配偶者居住権」という2種類の居住権に関する規定を新設することが検討されています。もっとも、「配偶者短期居住権」と「配偶者居住権」は、配偶者の生活保障という目的は共通するものの、権利の性質や内容は大きく異なるものであるため、分けてご説明いたします。

2. 配偶者短期居住権

配偶者短期居住権の概要

「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案」(以下「要綱案」といいます。)から、配偶者短期居住権の内容を抜粋します。

(1) 配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合
配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場において、その居住していた建物(以下「居住建物」という。)について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべきときは、遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6ヶ月を経過する日のいずれか遅い日までの間、居住建物の所有権を相続により取得した者に対し、居住建物について無償で使用する権利を有する。ただし、配偶者が相続開始の時において居住建物にかかる配偶者居住権を取得したときは、この限りではない。

(2) (1)以外の場合
ア 配偶者が被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合において、(1)以外のときは、配偶者は、居住建物の所有権を相続又は遺贈により取得した者が後記イの申入れをした日から6ヶ月を経過する日までの間、その者に対し、配偶者短期居住権を有する。ただし、配偶者が、相続開始の時において居住建物にかかる配偶者居住権を取得したとき、又は欠格事由に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、この限りでない。
イ 居住建物の所有権を相続又は遺贈により取得した者は、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができる。

現行法上の問題点(配偶者短期居住権の制度趣旨)

現在の法制度の下でも、最高裁判例によって、遺産分割が終了するまでの間、配偶者の居住権は、一定の限度で保護されています。

すなわち、遺産分割協議の前においては、共同相続人全員が建物所有権を共有するため、相続人である配偶者は自己の持分に基づき、建物を占有することが認められます(昭和41年5月19日最高裁第一小法廷判決)。
また、被相続人の許諾を得て建物に同居していたときは、特段の事情がない限り、被相続人と当該相続人との間で、相続開始時を始期、遺産分割時を終期とする使用貸借契約が成立していたものと推認され(平成8年12月17日最高裁第三小法廷判決)、他の相続人に対し、賃料相当分の支払い義務も負わないこととされています。

しかし、上記平成8年12月17日最高裁判決の法理は、あくまで当事者間の合理的意思解釈に基づくものであるため、被相続人が明確に異なる意思を表示していた場合等には、配偶者の居住権が保護されない事態が生じてしまいます。具体的には、(ア)他の相続人に居住建物を相続させる旨の遺言または遺贈をしていた場合、(イ)配偶者が被相続人と同居していなかった場合、(ウ)被相続人の許諾を得て居住していたわけではない場合などが想定されるでしょう。
これらの場合を保護するのが、配偶者短期居住権の制度趣旨と考えられます。

配偶者短期居住権の内容

配偶者は、一定の期間、居住建物に住み続けることができます。
この居住権の内容については、概ね、以下のような権利内容として規定されることが予定されています。

(配偶者による使用)
  • 従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物を使用する
  • 配偶者短期居住権の譲渡禁止
  • 他の全ての相続人の承諾を得なければ第三者に使用させることはできない
(相続分との関係)
  • 配偶者短期居住権によって受けた利益については、配偶者の具体的相続分からその価額を控除する必要はない。
(居住建物の修繕等)
  • 配偶者は、居住建物の使用に必要な修繕をすることができる
(居住建物の費用負担)
  • 配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する。

配偶者短期居住権に対して寄せられている意見

なお、配偶者短期居住権については、上記のとおり現状の判例実務に沿うものであり、パブリックコメントの結果でも、賛成する意見が大勢を占めているようです(法制審議会民法(相続関係)部会第14回会議議事録)。

配偶者居住権

要綱案における「配偶者居住権」は、法制審議会民法(相続関係)部会において検討された当初は、配偶者短期居住権と対比し、「長期居住権」という名称で検討されていたものです(法制審議会民法(相続関係)部会資料2)。

配偶者居住権の概要

要綱案から、配偶者居住権の内容を抜粋します。

ア 配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次のいずれかに掲げるときは、その居住していた建物(以下「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
(ア)遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
(イ)配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
(ウ)被相続人と配偶者との間に、配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の死因贈与契約があるとき。
イ 遺産の分割の請求を受けた家庭裁判所は、次に掲げる場合に限り、ア(ア)の審判をすることができる。
(ア)共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
(イ)配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき。
ウ 配偶者居住権の存続期間は、配偶者の終身の間とする。ただし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによる。
エ 居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。

問題の所在

配偶者居住権を創設する背景

現行法制における遺産分割においては、配偶者が居住建物での生活を継続したいと希望する場合には、(ア)配偶者がその建物の所有権を取得する方法や、(イ)その建物の所有権を取得した他の相続人との間で賃貸借契約を締結する方法などが考えられます。
しかし、(ア)の方法による場合には、居住建物の評価額が高額となる場合には、配偶者がそれ以外の遺産を取得することができなくなってしまいます。また(イ)の方法による場合、その建物の所有権を取得する者との間で賃貸借契約等が成立することが前提となるため、契約が成立しなければ、居住権が確保されません

配偶者居住権は、「現行法上、建物の使用権限だけを配偶者に取得させて、そのほかの部分については、他の相続人に取得させるという形で遺産分割をすることが、なかなか理論的に難しい面があるので、それを解消するための制度として新たなオプション、選択肢を設けるという趣旨」で創設されるものと説明されています(法制審議会民法(相続関係)部会第2回会議議事録)。

配偶者居住権の制度について

配偶者居住権は、これまでの制度にない権利を認めるものです。
パブリックコメントの結果においても、居住権保護の観点から賛成するという意見も寄せられている一方で、「ニーズが見込めない」「財産評価が困難」「不動産流通の阻害への懸念がある」などとして反対する意見も相当数寄せられているようです(法制審議会民法(相続関係)部会第14回会議議事録)。

配偶者居住権の内容

配偶者居住権の内容は、概ね、以下のような権利内容として規定されることが予定されています。

第三者との関係・対抗要件について

配偶者は、他の相続人から建物所有権を譲り受けた第三者に対しても、対抗要件を具備している限り、配偶者居住権を対抗することができます。ただし、配偶者居住権は、対抗要件を登記のみとしており、建物の占有だけでは対抗要件として認められていません(民法(相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明)。
なお、要綱案では、居住建物の所有者は、配偶者に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負うものと規定されています。

配偶者による使用及び収益

配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をする義務を負います。居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築を行い、第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることはできません。

配偶者居住権の譲渡について

配偶者居住権は、その存続期間が長期となることに鑑み、その後の事情の変化により居住権が不要となった場合に、換価の手段として第三者への譲渡を認めることも検討されていました(法制審議会民法(相続関係)部会第2回会議議事録)。
しかし、配偶者居住権は配偶者の死亡によって消滅する権利であることから、換価は難しいと考えられ、また配偶者居住権の制度趣旨とも整合しないことから、要綱案では、第三者への譲渡は認められないものとされました(法制審議会民法(相続関係)部会資料26-2)。

遺産分割と配偶者居住権の財産評価

配偶者が配偶者居住権を取得した場合には、配偶者居住権の財産価値に相当する価額を相続したものと扱われます
もっとも、財産評価の方法に関しては、要綱案では特に定めはありません。現時点では、法制審議会民法(相続関係)部会資料19-2(「長期居住権の簡易な評価方法について」)法制審議会民法(相続関係)部会第19回会議参考人提出資料(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会「「長期居住権についての具体例」についての意見」)などが参考になるものと思われます。

配偶者居住権の詳細については

配偶者短期居住権及び配偶者居住権の詳細については、法制審議会-民法(相続関係)部会のページをご参照ください。
法制審議会-民法(相続関係)部会 | 法務省