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本判決の位置づけ

再生債務者が支払停止前に再生債権者から購入した投資信託受益権に関し、信託契約の解約により再生債務者が再生債権者に対して取得した解約金の支払債権を受働債権とする相殺は許されないと判断しました。

事案の概要

(1) 委託者である投資信託委託会社と受託者である信託会社との間で締結された信託契約に基づき、本件受益権に係る投資信託が設定されました。投資信託委託会社はYとの間で本件受益権の募集販売委託契約を締結し、Yは同契約に基づき本件受益権の販売等の業務を行っていました。
(2) Xは、Yとの間で、投資信託受益権の管理等を委託する旨の契約(以下「本件管理委託契約」といいます。)を締結した上で、平成12年1月から平成19年3月にかけて、Yから本件受益権を購入しました。
(3) 本件管理委託契約並びに本件受益権に係る前記信託契約及び募集販売委託契約によれば、Xが本件受益権について解約を申し込む場合は、次の手順によることとされいました。
ア Xは、Yに対し、本件受益権に係る前記信託契約の解約の実行の請求(以下「解約実行請求」といいます。)をする。
イ Yは、投資信託委託会社に対し、解約実行請求があった旨を通知する。
ウ 投資信託委託会社は、前記信託契約の一部を解約し、信託会社が、Yに対し、解約金を振り込む。
エ Yは、Xに対し、上記解約金をYの営業所等において支払う。
(4) Yは、平成19年1月以降、本件受益権を、社債、株式等の振替に関する法律121条の2第1項に規定する振替投資信託受益権として、口座管理機関であるYが備える振替口座簿に開設したYの口座に記録する方法で管理していました。本件管理委託契約において、Yは、本件受益権について、原則として自由に他の振替先口座(他の口座管理機関に開設されたものを含む。)への振替をすることができるものとされていました。
(5) Yは、平成20年11月までに、Xに対する保証債務履行請求権を取得しました。
(6) Xは、平成20年12月29日、支払を停止しました。Yは、同日、その事実を知りました。
(7) Yは、平成21年3月23日、上記保証債務履行請求権を保全するため、本件受益権につき、債権者代位権に基づいて、XがYに対して行うものとされている解約実行請求をXに代わって行い、投資信託委託契約に対し、解約実行請求があった旨の通知をしました。
(8) 上記通知により、本件受益権に係る信託契約の一部が解約され、平成21年3月26日、信託会社からYに対し、本件解約金が振り込まれました。これによって、Yは、本件管理委託契約に基づき、Xに対し、本件解約金の支払債務(以下「本件債務」といいます。)を負担しました。
(9) Yは、平成21年3月31日、Xに対し、上記保証債務履行請求権を自働債権とし、本件債務に係る債権を受働債権とし、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をしました。
(10) Xは、平成21年4月28日、再生手続開始の申立てをし、同年5月12日、再生手続開始の決定を受けました。
(11) 原審は、本件債務の負担は、民事再生法93条1項3号本文にいう「支払の停止があった後に再生債務者に対し債務を負担した場合」に当たるものの、同条2項2号にいう「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たるから、相殺は許されると判断しました。

判決文(抜粋)

民事再生法は、再生債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨が没却されることのないよう、93条1項3号本文において再生債権者において支払の停止があったことを知って再生債務者に対して債務を負担した場合にこれを受働債権とする相殺を禁止する一方、同条2項2号において上記債務の負担が「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合には、相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待は合理的なものであって、これを保護することとしても、上記再生手続の趣旨に反するものではないことから、相殺を禁止しないこととしているものと解される。
前記事実関係によれば、本件債務は、Xの支払の停止の前に、XがYから本件受益権を購入し、本件管理委託契約に基づきその管理をYに委託したことにより、Yが解約金の交付を受けることを条件としてXに対して負担した債務であると解されるが、少なくとも解約実行請求がされるまでは、Xが有していたのは投資信託委託会社に対する本件受益権であって、これに対しては全ての再生債権者が等しくXの責任財産としての期待を有しているといえる。Xは、本件受益権につき解約実行請求がされたことにより、Yに対する本件解約金の支払請求権を取得したものではあるが、同請求権は本件受益権と実質的には同等の価値を有するものとみることができる。その上、上記解約実行請求はYがXの支払の停止を知った後にされたものであるから、Yにおいて同請求権を受働債権とする相殺に対する期待があったとしても、それが合理的なものであるとはいい難い。また、Xは、本件管理委託契約に基づきYが本件受益権を管理している間も、本件受益権につき、原則として自由に他の振替先口座への振替をすることができたのである。このような振替がされた場合には、YがXに対して解約金の支払債務を負担することは生じ得ないのであるから、YがXに対して本件債務を負担することが確実であったということもできない。さらに、前記事実関係によれば、本件においては、YがXに対して負担することとなる本件受益権に係る解約金の支払債務を受働債権とする相殺をするためには、他の債権者と同様に、債権者代位権に基づき、Xに代位して本件受益権につき解約実行請求を行うほかなかったことがうかがわれる。
そうすると、Yが本件債務をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していたとはいえず、この相殺を許すことは再生債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものというべきである。したがって、本件債務の負担は、民事再生法93条2項2号にいう「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たるとはいえず、本件相殺は許されないと解するのが相当である。

(当事者名は変更しています。)

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関連条文

民事再生法第93条
1 再生債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。
 三 支払の停止があった後に再生債務者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは、この限りでない。
2 前項第二号から第四号までの規定は、これらの規定に規定する債務の負担が次の各号に掲げる原因のいずれかに基づく場合には、適用しない。
 二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは再生手続開始の申立て等があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因