本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和37年11月16日第二小法廷判決

 債務の目的物を債務者が不法に処分し債務が履行不能となったとき債権者の請求しうる損害賠償の額は、原則としてその処分当時の目的物の時価であるが、目的物の価格が騰貴しつつあるという特別の事情があり、かつ債務者が、債務を履行不能とした際その特別の事情を知っていたかまたは知りえた場合は、債権者は、その騰貴した現在の時価による損害賠償を請求しうる。けだし、債権者は、債務者の債務不履行がなかったならば、その騰貴した価格のある目的物を現に保有し得たはずであるから、債務者は、その債務不履行によって債権者につき生じた右価格による損害を賠償すべき義務あるものと解すべきであるからである。ただし、債権者が右価格まで騰貴しない前に右目的物を他に処分したであろうと予想された場合はこの限りでなく、また、目的物の価格が一旦騰貴しさらに下落した場合に、その騰貴した価格により損害賠償を求めるためにはその騰貴した時に転売その他の方法により騰貴価格による利益を確実に取得したのであろうと予想されたことが必要であると解するとしても、目的物の価格が現在なお騰貴している場合においてもなお、恰も現在において債権者がこれを他に処分するであろうと予想されたことは必ずしも必要でないと解すべきである。原判決は、本件土地の時価が控訴人(上告人)の処分当時より現在(原審口頭弁論終結時)まで判示のように騰貴を続け、控訴人が右処分時において本件土地の時価が、このように騰貴することを知っていたか、少くともこれを予見しえたものと認定し、控訴人に対し現在の時価の範囲内で控訴人の本件土地の判示処分により被控訴人(被上告人)の受けた損害の賠償責任を認めたものであるから、原判決に所論の違法はない。

前提知識と簡単な解説

損害賠償額の算定について

民法416条(平成29年改正前)は、損害賠償の範囲について定めており、同条1項において、債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって「通常生ずべき損害」の賠償をさせることをその目的とすると規定し、同条2項が、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見することができたときには、債権者は、その賠償を請求することができると規定しています(改正前民法416条)。
目的物の価格が騰貴した場合に債権者は騰貴した価格による損害の賠償を請求できるかという問題については、従来から判例は、民法416条の枠組みで判断をしてきました(大審院大正15年5月22日連合部判決等)。

本判決の意義

本判決は、履行不能後に債務の目的物の価格が騰貴した場合における損害賠償額の算定について、以下の基準を示しました。
(1) 原則として履行不能時の目的物の時価である。
(2) 目的物の価格が騰貴しつつあるという特別の事情があり、かつ債務者が、債務を履行不能とした際その特別の事情を知っていたかまたは知りえた場合は、債権者は、その騰貴した現在の時価による損害賠償を請求しうる。現在において債権者がこれを他に処分するであろうと予想されたことは必ずしも必要でない。
(3) ただし、(2)の例外として、債権者がその価格まで騰貴しない前に目的物を他に処分したであろうと予想された場合は、その騰貴した現在の時価による損害賠償を請求することはできない。
(4) 目的物の価格が一旦騰貴しさらに下落した場合に、その騰貴した価格により損害賠償を求めるためには、その騰貴した時に転売その他の方法により騰貴価格による利益を確実に取得したのであろうと予想されたことが必要である。