本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和54年5月31日第一小法廷判決
 自筆証書遺言の方式として、遺言者自身が遺言書の全文、日附及び氏名を自書することを要することは前示のとおりであるが、右の自書が要件とされるのは、筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするのである。「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1) 遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2) 他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3) 添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。
 原審は、右と同旨の見解に立ったうえ、本件遺言書には、書き直した字、歪んだ字等が一部にみられるが、一部には草書風の達筆な字もみられ、便箋四枚に概ね整った字で本文が二二行にわたって整然と書かれており、前記のようなDの筆記能力を考慮すると、EがDの手の震えを止めるため背後からDの手の甲を上から握って支えをしただけでは、到底本件遺言書のような字を書くことはできず、Dも手を動かしたにせよ、EがDの声を聞きつつこれに従って積極的に手を誘導し、Eの整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり、本件遺言書は前記(2)の要件を欠き無効であると判断しているのであって、原審の右認定判断は、前記説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

前提知識と簡単な解説

遺言の方式について

遺言者の真意を確保するため、遺言は、民法が定める厳格な方式に従うことを要します(民法960条)。

遺言は、特別な方式によることを許す場合を除いては(民法967条ただし書)、自筆証書、公正証書又は秘密証書によってしなければなりません(民法967条本文)。自筆証書遺言は、遺言者がその全文、日付及び氏名を自書し、これに押印しなければなりません(民法968条1項)。

本判決の意義

本判決は、自書が要件とされる理由を「筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるから」であると解し、自書の要件については厳格な解釈を必要とすると判示しています。
このような趣旨を踏まえ、運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言については、「(1) 遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2) 他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3) 添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効である」としました。