事案の概要

原審の判決によれば、事案の概要は以下のとおりです。
  1. 本件土地は被上告人Xの所有に属する。
  2. Xは本件土地をAに賃貸し、Aは本件土地上に本件建物を所有していた。
  3. Aは、Dに対し、本件建物とともに本件土地賃借権を譲渡したが、Xは、本件土地賃借権をAがDに譲渡することを承諾しなかった。
  4. 上告人Yらは、Dから本件建物を賃借して使用している。

XがYらに対して本件建物からの退去及びその敷地の明渡しを求めて訴えを提起したのに対し、Yらは、建物賃借権保全のためXに対しDの有する建物買取請求権をDに代位して行使し、これにより賃貸人たる地位もXに移ることから、Yらの賃借権をもってXに対抗できると主張しました。

本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和38年4月23日第三小法廷判決

 債権者が民法四二三条により債務者の権利を代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によって債権者の権利が保全されるという関係が存在することを要するものと解される。しかるに、本件において、上告人らが債務者である訴外Dの有する本件建物の買取請求権を代位行使することにより保全しようとする債権は、右建物に関する賃借権であるところ、右代位行使により訴外Dが受けるべき利益は建物の代金債権、すなわち金銭債権に過ぎないのであり(買取請求権行使の結果、建物の所有権を失うことは、訴外Dにとり不利益であって、利益ではない)、右金銭債権により上告人らの賃借権が保全されるものでないことは明らかである。されば、上告人らは本件建物の買取請求権を代位行使することをえないものとした原審の判断は、結局、正当である。

前提知識と簡単な解説

以下の解説は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令を前提とします。

建物買取請求権について

土地賃借権の譲渡は、賃貸人の承諾又は承諾に代わる許可の裁判(借地法9条の2第1項前段(現借地借家法19条1項前段))がない限り、譲受人は賃借権の取得を賃貸人に対抗することができず(民法612条1項)、賃貸人からの請求があれば、譲受人は建物を収去して土地を明け渡さなければなりません。しかし、建物の取壊しという社会経済上の不都合を回避する必要があることから、借地法は、建物譲受人に建物買取請求権を認めています(借地法10条)。

建物買取請求権の法的性質は、意思表示によって当然に土地賃貸人と建物譲受人との間に時価による売買契約が成立したと同一の効果を生ずる形成権であると解されています(大審院昭和7年1月26日判決)。

建物買取請求権が行使された場合の建物居住者との関係

まず原則論として、通常の売買によって建物の所有権が移転した場合、借家法1条1項(現借地借家法31条)によって、建物賃借人は、新所有者に対して、自己の借家権を対抗することができます。
しかし、建物買取請求権が行使された場合にも、同様に借家権を対抗できると解してもよいかは若干の検討を要します。本来であれば、土地賃借権の譲受人が土地の占有権原を新所有者に対抗することができないにもかかわらず、建物の賃借人は、土地所有者に建物の占有権原を対抗できることになってしまうからです。
もっとも、この点については、借地権の動揺によって借家人の地位が動揺するという不都合を排除し、借家人の地位を保障する必要があるという見解もあり(鈴木禄弥・生熊長幸『新版注釈民法(15)』)、また裁判例でも借家人が借家権を対抗できるとの結論は肯定されているようです(東京高裁昭和31年6月13日判決等)。
したがって、このような見解に従うなら、本件でも、Dによって建物買取請求権が行使されれば、賃貸人たる地位はXに移転し、YらはXに対して賃借権を対抗することができることになりそうです。

債権者代位権

債権者代位権は、債務者が一般財産の減少を放置する場合に、債権者が代わってその減少を防止する措置を講じる制度であり、債権者は自己の債権を保全するために債務者に属する権利を行使することができます(民法423条1項本文)。

特定債権保全のための債権者代位権の行使

債権者代位権は、本来は債務者がその一般財産の減少するのを放置する場合に債権者が債務者に代わって減少するのを防止するという責任財産保全のための制度ですが、改正前民法下における判例は、特定債権を保全するため、不動産登記請求権を被保全債権とする不動産登記請求権の代位行使を認めていました(大審院明治43年7月6日第二民事部判決)。なお、この場合には、債務者の無資力を要件としないで債権者代位権の行使が認められます。

建物買取請求権が債権者代位権の目的となるか

形成権も債権者代位権の目的となりうると解されています(我妻栄『新訂債権総論』)。したがって、たとえば建物所有者の一般債権者が、金銭債権保全のために建物所有者に代わって買取請求権を行使する場合などのように、建物買取請求権それ自体は債権者代位権の目的たりうると考えられます(可部恒雄『最高裁判所判例解説』)。
問題は、建物賃借人が、建物賃借権を保全するために建物買取請求権を行使することが許されるかです。
この点について、本判決は、「債権者が民法423条により債務者の権利を代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によって債権者の権利が保全されるという関係が存在することを要する」としたうえで、「代位行使により訴外Dが受けるべき利益は建物の代金債権、すなわち金銭債権に過ぎないのであり(買取請求権行使の結果、建物の所有権を失うことは、訴外Dにとり不利益であって、利益ではない)、右金銭債権により上告人らの賃借権が保全されるものでないことは明らか」として、建物賃借人が買取請求権を代位行使することは許されないと判断しました。