本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和47年4月20日第一小法廷判決

およそ、債務者が債務の目的物を不法に処分したために債務が履行不能となった後、その目的物の価格が騰貴を続けているという特別の事情があり、かつ、債務者が、債務を履行不能とした際、右のような特別の事情の存在を知っていたかまたはこれを知りえた場合には、債権者は、債務者に対し、その目的物の騰貴した現在の価格を基準として算定した損害額の賠償を請求しうるものであることは、すでに当裁判所の判例とするところである(当裁判所昭和三六年(オ)第一三五号同三七年一一月一六日第二小法廷判決・民集一六巻一一号二二八〇頁参照。)。そして、この理は、本件のごとく、買主がその目的物を他に転売して利益を得るためではなくこれを自己の使用に供する目的でなした不動産の売買契約において、売主がその不動産を不法に処分したために売主の買主に対する不動産の所有権移転義務が履行不能となった場合であっても、妥当するものと解すべきである。けだし、このような場合であっても、右不動産の買主は、右のような債務不履行がなければ、騰貴した価格のあるその不動産を現に保有しえたはずであるから、右履行不能の結果右買主の受ける損害額は、その不動産の騰貴した現在の価格を基準として算定するのが相当であるからである。

前提知識と簡単な解説

損害賠償額の算定について

民法416条(平成29年改正前のもの。以下、民法の規定については、特に記載のない限り、平成29年改正前のものを指します。)は、損害賠償の範囲について定めており、同条1項において、債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって「通常生ずべき損害」の賠償をさせることをその目的とすると規定し、同条2項が、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見することができたときには、債権者は、その賠償を請求することができると規定しています(改正前民法416条)。


履行不能後に債務の目的物の価格が騰貴した場合における損害賠償額の算定については、最高裁昭和37年11月16日第二小法廷判決が、次のような基準を示していました。
(1) 損害賠償額は、原則として履行不能時の目的物の時価である。
(2) 目的物の価格が騰貴しつつあるという特別の事情があり、かつ債務者が、債務を履行不能とした際その特別の事情を知っていたかまたは知りえた場合は、債権者は、その騰貴した現在の時価による損害賠償を請求しうる。現在において債権者がこれを他に処分するであろうと予想されたことは必ずしも必要でない。
(3) ただし、(2)の例外として、債権者がその価格まで騰貴しない前に目的物を他に処分したであろうと予想された場合は、その騰貴した現在の時価による損害賠償を請求することはできない。
(4) 目的物の価格が一旦騰貴しさらに下落した場合に、その騰貴した価格により損害賠償を求めるためには、その騰貴した時に転売その他の方法により騰貴価格による利益を確実に取得したのであろうと予想されたことが必要である。

買主が自己の使用に供する目的で買い受けた場合

上記最高裁昭和37年11月16日第二小法廷判決に関する調査官解説によれば、同判決は、「債権者が目的物件を他に転売しないことが確実であるときはどうであるか、という問題」については判断を示していないとの解釈がされていました(坂井芳雄『最高裁判所判例解説』)。

本件事件における第一審は、「(原告は)本件土地建物を自らの住居の用に供するため買受けたものであり、これを転売して利益を得る目的ではなかつたことは明白であり、右履行不能は、履行期以後に生じたものであるから損害額は、右履行不能時の価格であると考えるのが相当である」と判示し、騰貴した現在の価格を基準とするのではなく、履行不能時の価格を基準としました。原審もこの判決理由を引用して、第一審と同旨の判断をしました。

これに対して、本判決は、「(上記最高裁昭和37年11月16日第二小法廷判決の)理は、本件のごとく、買主がその目的物を他に転売して利益を得るためではなくこれを自己の使用に供する目的でなした不動産の売買契約において、売主がその不動産を不法に処分したために売主の買主に対する不動産の所有権移転義務が履行不能となった場合であっても、妥当する」と述べ、「不動産の買主は、右のような債務不履行がなければ、騰貴した価格のあるその不動産を現に保有しえたはずである」から、「履行不能の結果右買主の受ける損害額は、その不動産の騰貴した現在の価格を基準として算定するのが相当である」としました。