本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和53年10月5日第一小法廷判決

 特定物引渡請求権(以下、特定物債権と略称する。)は、窮極において損害賠償債権に変じうるのであるから、債務者の一般財産により担保されなければならないことは、金銭債権と同様であり、その目的物を債務者が処分することにより無資力となった場合には、該特定物債権者は右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁)。しかし、民法四二四条の債権者取消権は、窮極的には債務者の一般財産による価値的満足を受けるため、総債権者の共同担保の保全を目的とするものであるから、このような制度の趣旨に照らし、特定物債権者は目的物自体を自己の債権の弁済に充てることはできないものというべく、原判決が「特定物の引渡請求権に基づいて直接自己に所有権移転登記を求めることは許されない」とした部分は結局正当に帰する。

前提知識と簡単な解説

以下の解説は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令の規定に従っています。

詐害行為取消権

債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができます(民法424条1項本文)。この債権者の権利を「詐害行為取消権」といいます。詐害行為取消権は、債務者の責任財産を保全するために、一般財産を減少させる債務者の行為の効力を否認して、債務者の一般財産から逸出したものを取り戻すことを目的とします。

特定物債権を被保全債権とする詐害行為取消権行使の成否

詐害行為取消権が債務者の責任財産を保全するための制度であることから、特定物債権を保全するために詐害行為取消権を行使することができるかが問題となります。
この点について、判例は、「かかる(特定物)債権も、窮極において損害賠償債権に変じうるのであるから、債務者の一般財産により担保されなければならないことは、金銭債権と同様」であることを理由として、「特定物債権といえどもその目的物を債務者が処分することにより無資力となった場合には、該特定物債権者は右処分行為を詐害行為として取り消すことができる」と判示していました(最高裁昭和36年7月19日大法廷判決)。

逸出財産返還の方法

詐害行為取消権の行使による逸出財産返還の方法として、逸出財産が動産又は金銭の場合には、取消債権者は自己に対して引き渡すよう請求することが認められていますが(大審院大正10年6月18日判決等)、逸出財産が不動産の場合には、取消債権者は、受益者に対して、受益者から取消債権者への直接の移転登記を請求することは認められないと解されています。なぜなら、動産や金銭の引渡しとは異なり、債務者の受領行為を必要とせず、強制執行の準備としては債務者名義に登記が回復されれば十分と考えられるからです。

詐害行為取消の効果

問題は、取消債権者が、詐害行為取消により債務者名義に登記回復がされることを前提として、さらに債務者に対して自己への所有権移転登記を請求することができるかです。
本件の訴訟においては、取消債権者は、受益者に対して所有権移転登記の抹消登記手続を請求するとともに、債務者の相続人に対しては債務者との間の死因贈与契約に基づく本来の履行請求として所有権移転登記手続を請求していました(本件の第二審である大阪高裁判昭和51年8月25日判決より)。
本判決は、この点について、「民法四二四条の債権者取消権は、窮極的には債務者の一般財産による価値的満足を受けるため、総債権者の共同担保の保全を目的とするものであるから、このような制度の趣旨に照らし、特定物債権者は目的物自体を自己の債権の弁済に充てることはできない」ことを理由として、「特定物の引渡請求権に基づいて直接自己に所有権移転登記を求めることは許されない」としました。