事案の概要
- 被上告人Xは、平成元年11月10日、Eとの間で、同人所有の土地及び建物(以下、「本件不動産」といい、このうち建物を「本件建物」という。)について、債務者をE、極度額を3500万円、被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引等とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定契約を締結した。
- Xは、平成元年11月17日、Eに対し、2800万円を貸し付けた(以下、これによる債権を「本件貸金債権」という。)。
- 上告人Yらは、平成5年5月ころから、本件建物を権原なく占有している。
- Xは、本件貸金債権の残額につき期限の利益が失われた後である平成5年9月8日、地方裁判所に対し、本件不動産につき本件根抵当権の実行としての競売を申し立て、同裁判所は、同日、不動産競売の開始決定をした。右事件の開札期日は平成7年5月17日と指定されたが、Yらが本件建物を占有していることにより買受けを希望する者が買受け申出をちゅうちょしたため、入札がなく、その後競売手続は進行していない。
Xは、Yらが本件建物を権原なく占有していることが不動産競売手続の進行を阻害し、そのために本件貸金債権の満足を受けることができないとして、Yらに対し、本件根抵当権の被担保債権である本件貸金債権を保全するため、Eの本件建物の所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使して、本件建物の明渡しを求め、本件訴訟を提起しました。
原審は、次のように判示し、Xの請求を認容しました。- 本件不動産についての不動産競売手続が進行しないのは、Yらが本件建物を占有していることにより買受けを希望する者が買受け申出をちゅうちょしたためであり、この結果、Xは、本件貸金債権の満足を受けることができなくなっている
- したがって、Xには、本件貸金債権を保全するため、Eの本件建物の所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使する必要があると認められる
- Xが請求することができるのは、本件建物の所有者であるEへの明渡しに限定されるものではなく、Xは、保全のために必要な行為として、Yらに対し、本件建物をXに明け渡すことを求めることができる
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁平成11年11月24日大法廷判決
三 抵当権は、競売手続において実現される抵当不動産の交換価値から他の債権者に優先して被担保債権の弁済を受けることを内容とする物権であり、不動産の占有を抵当権者に移すことなく設定され、抵当権者は、原則として、抵当不動産の所有者が行う抵当不動産の使用又は収益について干渉することはできない。
しかしながら、第三者が抵当不動産を不法占有することにより、競売手続の進行が害され適正な価額よりも売却価額が下落するおそれがあるなど、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、これを抵当権に対する侵害と評価することを妨げるものではない。そして、抵当不動産の所有者は、抵当権に対する侵害が生じないよう抵当不動産を適切に維持管理することが予定されているものということができる。したがって、右状態があるときは、抵当権の効力として、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対し、その有する権利を適切に行使するなどして右状態を是正し抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を有するというべきである。そうすると、抵当権者は、右請求権を保全する必要があるときは、民法四二三条の法意に従い、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することができると解するのが相当である。
なお、第三者が抵当不動産を不法占有することにより抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権に基づく妨害排除請求として、抵当権者が右状態の排除を求めることも許されるものというべきである。
最高裁平成元年(オ)第一二〇九号同三年三月二二日第二小法廷判決・民集四五巻三号二六八頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。
四 本件においては、本件根抵当権の被担保債権である本件貸金債権の弁済期が到来し、被上告人が本件不動産につき抵当権の実行を申し立てているところ、上告人らが占有すべき権原を有することなく本件建物を占有していることにより、本件不動産の競売手続の進行が害され、その交換価値の実現が妨げられているというのであるから、被上告人の優先弁済請求権の行使が困難となっていることも容易に推認することができる。
右事実関係の下においては、被上告人は、所有者であるEに対して本件不動産の交換価値の実現を妨げ被上告人の優先弁済請求権の行使を困難とさせている状態を是正するよう求める請求権を有するから、右請求権を保全するため、Eの上告人らに対する妨害排除請求権を代位行使し、Eのために本件建物を管理することを目的として、上告人らに対し、直接被上告人に本件建物を明け渡すよう求めることができるものというべきである。
前提知識と簡単な解説
以下の解説において掲げる条文は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令の規定に従っています。抵当権について
抵当権は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、抵当権者が他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受けることができる担保物権です(民法369条1項)。抵当権設定後も、不動産の所有者は、通常の用法に従って当該不動産の使用及び収益をすることが認められており、他人に賃貸することもできます。本判決も、このような抵当権の本質について、「抵当権は、競売手続において実現される抵当不動産の交換価値から他の債権者に優先して被担保債権の弁済を受けることを内容とする物権であり、不動産の占有を抵当権者に移すことなく設定され、抵当権者は、原則として、抵当不動産の所有者が行う抵当不動産の使用又は収益について干渉することはできない。」と再確認しています。
債権者代位権
債権者代位権は、債務者が一般財産の減少を放置する場合に、債権者が代わってその減少を防止する措置を講じる制度であり、債権者は自己の債権を保全するために債務者に属する権利を行使することができます(民法423条1項本文)。特定債権保全のための債権者代位権の行使
債権者代位権は、本来は債務者がその一般財産の減少するのを放置する場合に債権者が債務者に代わって減少するのを防止するという責任財産保全のための制度ですが、判例は、特定債権を保全するため、不動産登記請求権を被保全債権とする不動産登記請求権の代位行使を認めるなど(大審院明治43年7月6日第二民事部判決)、一定の場合には、債権者代位権の転用を肯定してきました。本判決は、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるとき、「抵当権の効力として、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対し、その有する権利を適切に行使するなどして右状態を是正し抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を有する」とし、「請求権を保全する必要があるときは、民法423条の法意に従い、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することができる」と判示しました。本判決は、「抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権」を根拠として、新たな転用類型を認めたものと解することができます。
代位行使の効果
代位行使の効果として、抵当権者が、不法占有者に対して、直接自己に明渡しを求めることができるかという問題があります。この点について、判例は、第三者に対して金銭債権を行使するに当たっては、直接自己に対して金銭を給付することを求めることができるとし(大審院昭和10年3月12日判決等)、また債権者代位権の転用類型においても、建物の賃借人が、賃貸人である建物所有者に代位して、建物の不法占拠者に対しその明渡しを請求する場合には、直接自己に対して明渡しをなすべきことを請求することができるとしていました(最高裁昭和29年9月24日第二小法廷判決)。
本判決においても、所有者のために本件建物を管理することを目的として、Yらに対し、「直接」Xに「本件建物を明け渡すよう求めることができる」としました。
抵当権に基づく妨害排除請求
また、本判決は、一般論として「第三者が抵当不動産を不法占有することにより抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権に基づく妨害排除請求として、抵当権者が右状態の排除を求めることも許される」と述べています。このような抵当権に基づく妨害排除請求については、後に、最高裁平成17年3月10日第一小法廷判決において、要件及び効果が明確化されています。