相続に関する被相続人の遺言書がその方式を欠くために無効である場合又は有効な遺言書についてされている訂正がその方式を欠くために無効である場合に、相続人がその方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正としての外形を作出する行為は、同条五号にいう遺言書の偽造又は変造にあたるけれども、「相続人が遺言者たる被相続人の意思を実現させるためにその法形式を整える趣旨で右の行為をしたにすぎないときには、右相続人は同号所定の相続欠格者にはあたらない」と判示しました。

事案の概要

本件自筆遺言証書の遺言者であるA名下の印影及び各訂正箇所の訂正印、一葉目と二葉目との間の各契印は、いずれもAの死亡当時には押されていませんでした。
その後に被上告人Bがこれらの押印行為をして自筆遺言証書としての方式を整えました。

判決文(抜粋)

最高裁昭和56年4月3日第二小法廷判決
 民法八九一条三号ないし五号の趣旨とするところは遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対し相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするにあることにかんがみると、相続に関する被相続人の遺言書がその方式を欠くために無効である場合又は有効な遺言書についてされている訂正がその方式を欠くために無効である場合に、相続人がその方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正としての外形を作出する行為は、同条五号にいう遺言書の偽造又は変造にあたるけれども、相続人が遺言者たる被相続人の意思を実現させるためにその法形式を整える趣旨で右の行為をしたにすぎないときには、右相続人は同号所定の相続欠格者にはあたらないものと解するのが相当である。これを本件の場合についてみるに、原審の適法に確定した事実関係の趣旨とするところによれば、本件自筆遺言証書の遺言者であるA名下の印影及び各訂正箇所の訂正印、一葉目と二葉目との間の各契印は、いずれも同人の死亡当時には押されておらず、その後に被上告人Bがこれらの押印行為をして自筆遺言証書としての方式を整えたのであるが、本件遺言証書は遺言者であるAの自筆によるものであつて、同被上告人は右實の意思を実現させるべく、その法形式を整えるため右の押印行為をしたものにすぎないというのであるから、同被上告人は同法八九一条五号所定の相続欠格者にあたらないものというべきである。

前提知識と簡単な解説

遺言の方式

遺言者の真意を確保するため、民法は、「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない」と規定し(960条)、遺言を厳格な要式行為としています。
普通の方式による遺言には、自筆証書による遺言、公正証書による遺言又は秘密証書による遺言があり(967条本文)、自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければなりません(968条1項)。また、自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、変更の効力を生じないとされています(968条3項)。
本件では、遺言者であるA名下の印影及び各訂正箇所の訂正印、一葉目と二葉目との間の各契印は、いずれもAの死亡当時には押されていなかったものであり、方式を欠くものであったため、第一審において、本件自筆証書遺言が無効であることが確認されています。

相続人の欠格事由

民法は一定の欠格事由を掲げ、欠格事由に該当する者は相続人となることはできないと定めています(891条)。民法が定める欠格事由は次のとおりです。
(1) 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者(891条1号)
(2) 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない(同2号)。
(3) 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者(同3号)
(4) 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者(同4号)
(5) 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、又は隠匿した者(同5号)

なお、この相続人の欠格事由を定めた規定は、受遺者にも準用されているため(965条)、上記欠格事由に該当した場合には、受遺者にもなることはできません。

問題の所在

上告審では、被上告人Bが押印をして自筆遺言証書としての方式を整えた行為が、偽造又は変造にあたり、Bが相続欠格者に該当するのではないかが、争われました。
本判決は、「相続に関する被相続人の遺言書がその方式を欠くために無効である場合又は有効な遺言書についてされている訂正がその方式を欠くために無効である場合に、相続人がその方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正としての外形を作出する行為は、同条五号にいう遺言書の偽造又は変造にあたる」が、「相続人が遺言者たる被相続人の意思を実現させるためにその法形式を整える趣旨で右の行為をしたにすぎないときには、右相続人は同号所定の相続欠格者にはあたらない」と判示し、「被上告人は同法八九一条五号所定の相続欠格者にあたらない」としました。
従来の通説的見解は、891条5号について、「問題となった相続の開始の時において、本号の行為なくば、有効に存在すべかりし遺言書にかんすることが、必要」であるとし、「被相続人の遺言書が、その方式を具えないために、無効である場合に、その方式を具えしめる意思をもって、遺言書に変造をくわえた場合には、本号の適用はない」と解していました(山中康雄『註釈相続法上』)。調査官解説によれば、本判決は、この通説的見解を採用したものと解説されています(『最高裁判所判例解説』)。