本判決の内容(抜粋)
- 最高裁昭和62年4月23日第一小法廷判決
- 遺言者の所有に属する特定の不動産が遺贈された場合には、目的不動産の所有権は遺言者の死亡により遺言がその効力を生ずるのと同時に受遺者に移転するのであるから、受遺者は、遺言執行者がある場合でも、所有権に基づく妨害排除として、右不動産について相続人又は第三者のためにされた無効な登記の抹消登記手続を求めることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和二八年(オ)第九四三号同三〇年五月一〇日第三小法廷判決・民集九巻六号六五七頁参照)。これと同旨の見解に立って、被上告人らが本件訴えにつき原告適格を有するとした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
同第二について
民法一〇一二条一項が「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と規定し、また、同法一〇一三条が「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と規定しているのは、遺言者の意思を尊重すべきものとし、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであり、右のような法の趣旨からすると、相続人が、同法一〇一三条の規定に違反して、遺贈の目的不動産を第三者に譲渡し又はこれに第三者のため抵当権を設定してその登記をしたとしても、相続人の右処分行為は無効であり、受遺者は、遺贈による目的不動産の所有権取得を登記なくして右処分行為の相手方たる第三者に対抗することができるものと解するのが相当である(大審院昭和四年(オ)第一六九五号同五年六月一六日判決・民集九巻五五〇頁参照)。そして、前示のような法の趣旨に照らすと、同条にいう「遺言執行者がある場合」とは、遺言執行者として指定された者が就職を承諾する前をも含むものと解するのが相当であるから、相続人による処分行為が遺言執行者として指定された者の就職の承諾前にされた場合であっても、右行為はその効力を生ずるに由ないものというべきである。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
前提知識と簡単な解説
遺贈について
遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができます(民法964条)。特定名義の遺贈は、遺産中の指定された特定の財産を目的とするものであり、「特定遺贈」といいます。
遺言は遺言者の死亡の時からその効力を生じ(民法985条1項)、特定遺贈の目的たる財産は物権的効力を生じ直接に受遺者に移転しますが(大審院大正5年11月8日判決)、不動産の遺贈については、登記をもって物権変動の対抗要件とする(民法177条)と解されています(最高裁昭和39年3月6日第二小法廷判決)。
遺言執行者の権利義務
遺言執行者がある場合、遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法1012条1項)、一方で、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができません(民法1013条1項)。
本判決の意義
(1) 民法1013条に違反してされた相続人の処分行為の効力
遺言執行者がある場合に、相続人が相続財産を処分した場合の効力については、学説上は見解が分かれていましたが、大審院判例は、絶対的に無効であると判示していました(大審院昭和5年6月16日判決)。
本判決は、民法1012条及び民法1013条の趣旨を「遺言者の意思を尊重すべきものとし、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たもの」と解した上、「処分行為は無効」と判示し、大審院判例の立場を踏襲することを明らかにしています。
(2) 遺言執行者の就職承諾前も「遺言執行者がある場合」に当たるか
一般的な学説においても、遺言者の意図は、相続人以外の者に遺言を執行させる意図であると考えられることから、就職承諾前においても、相続人は相続財産の処分行為をすることができないと解されていました(小山或男『註解相続法』)。
本判決も、「遺言執行者として指定された者が就職を承諾する前をも含むものと解する」と判示しています。
(3)受遺者の第三者に対する権利行使
遺言執行者がある場合に、受遺者自身が、第三者のためにされた無効な登記の抹消登記手続を求めることができるかどうかが、遺言執行者の権限(民法1012条)との関係で問題となります。
この点について、本判決は、「受遺者は、遺言執行者がある場合でも、所有権に基づく妨害排除として、右不動産について相続人又は第三者のためにされた無効な登記の抹消登記手続を求めることができる」と判示しました。
追記:平成30年民法(相続関係)改正について
平成30年民法(相続関係)改正により、遺言の執行を妨げるべき行為については、原則として行為を無効とした上で、善意の第三者を保護することとされました(民法1013条の解説を参照)。