本判決の内容(抜粋)
- 最高裁昭和43年9月26日第一小法廷判決
消滅時効を援用しうる者は、権利の時効消滅によって直接利益を受ける者に限られるが、他人の債務のために自己の所有物件につき抵当権を設定したいわゆる物上保証人もまた被担保債権の消滅によって直接利益を受ける者というを妨げないから、民法一四五条にいう当事者として右物件によって担保された他人の債務の消滅時効を援用することが許されるものと解するのを相当とし(当裁判所昭和三九年(オ)第五二三号、第五二四号、同四二年一〇月二七日第二小法廷判決、民集二一巻八号二一一〇頁参照)、また、金銭債権の債権者は、その債務者が、他の債権者に対して負担する債務、または前記のように他人の債務のために物上保証人となっている場合にその被担保債権について、その消滅時効を援用しうる地位にあるのにこれを援用しないときは、債務者の資力が自己の債権の弁済を受けるについて十分でない事情にあるかぎり、その債権を保全するに必要な限度で、民法四二三条一項本文の規定により、債務者に代位して他の債権者に対する債務の消滅時効を援用することが許されるものと解するのが相当である。
前提知識と簡単な解説
消滅時効と時効の援用
債権は10年間これを行使しないときは時効によって消滅しますが(平成29年改正前民法167条1項。以下、民法の規定については、特に記載のない限り、平成29年改正前のものを指します。)、他方で、民法は、当事者が時効を援用しなければ裁判所がこれによって裁判をすることができない旨を規定していました(民法145条)。物上保証人も時効の援用権者に含まれるか
本件では、他人のために自己の所有物件に抵当権を設定した者(物上保証人)も、民法145条に規定する「当事者」に該当するかが問題となりました。本判決に先立ち、最高裁は、他人の債務のために自己の所有物件をいわゆる弱い譲渡担保に供していた者が時効を援用できるかが問題となった事案において、「時効は当事者でなければこれを援用しえないことは、民法一四五条の規定により明らかであるが、右規定の趣旨は、消滅時効についていえば、時効を援用しうる者を権利の時効消滅により直接利益を受ける者に限定したものと解されるところ、他人の債務のために自己の所有物件につき質権または抵当権を設定したいわゆる物上保証人も被担保債権の消滅によって直接利益を受ける者というを妨げないから、同条にいう当事者にあたるものと解する」との見解を示していました(最高裁昭和42年10月27日第二小法廷判決)。
本判決は、直接に物上保証人の時効援用権が問題となっている事案において、物上保証人も「民法145条にいう当事者として右物件によって担保された他人の債務の消滅時効を援用することが許される」と判示しました。
債権者代位権
債権者代位権は、本来的には、債務者が一般財産の減少を放置する場合に、債権者が代わってその減少を防止する措置を講じる制度であり、債権者は自己の債権を保全するために債務者に属する権利を行使することができるとされています(民法423条1項本文)。ただし、債務者の一身に専属する権利については、代位権の目的にはなりません(民法423条1項ただし書)。時効援用権が債権者代位権の目的となるか
本判決は、「金銭債権の債権者は、その債務者が、他の債権者に対して負担する債務、または前記のように他人の債務のために物上保証人となっている場合にその被担保債権について、その消滅時効を援用しうる地位にあるのにこれを援用しないときは、債務者の資力が自己の債権の弁済を受けるについて十分でない事情にあるかぎり、その債権を保全するに必要な限度で、民法四二三条一項本文の規定により、債務者に代位して他の債権者に対する債務の消滅時効を援用することが許される」と判示して、時効援用権が債権者代位権の目的となることを肯定しました。本判決は肯定する理由について特に述べていませんが、調査官解説によれば、「債務者が無資力のために債権者代位権行使の他の要件が存在する場合にまで、債務者の感情を重んじて債権者をして拱手傍観させる程の強い要請はない」こと、「支払不能に陥った債務者は、時効を援用したからといって自己の利益にはならないから、あえて援用しない場合も多いであろう」こと、が代位権行使を認める理由として考えられるとされています(吉井直昭『最高裁判所判例解説』)。