事案の概要
- 被上告人Xは、Dに対して484万5720円の求償債権を有するものである。
- Dは経営状態が悪化した後の昭和49年12月2日上告人Yに対して本件土地(二筆からなるが、不可分一体のものと認められる。)を含む物件を譲渡担保として譲渡した。
- 本件土地の価額は、右譲渡担保契約締結時においてはもとより、本件事実審の口頭弁論終結時である昭和53年2月当時においても1500万円を下廻らないが、本件土地については右譲渡担保契約の締結前である昭和49年4月25日付で訴外Eのために被担保債権の極度額1600万円の根抵当権設定登記が経由されており、右譲渡担保契約締結後間もない昭和49年12月23日当時の被担保債権額は1390万円であり、口頭弁論終結当時においては多目にみても1200万円を超えることはない。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁昭和54年1月25日第一小法廷判決
本件における問題点は、譲渡担保としてされた本件土地の譲渡に対し被上告人による詐害行為の取消が認められる場合において、その結果として本件土地自体の返還を請求することができるかどうかであるが、詐害行為取消権の制度は、詐害行為により逸出した財産を取り戻して債務者の一般財産を原状に回復させようとするものであるから、逸出した財産自体の回復が可能である場合には、できるだけこれを認めるべきである(大審院昭和九年(オ)第一一七六号同年一一月三〇日判決・民集一三巻二三号二一九一頁参照)。それ故、原審の確定した右事実関係のもとにおいて、逸出した財産自体の回復が可能であるとして、本件土地全部についての譲渡担保契約を取り消して右土地自体の回復を肯認した原審の判断は、正当として是認することができる。
前提知識と簡単な解説
以下の解説は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令の規定に従っています。詐害行為取消権
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができます(民法424条1項本文)。この債権者の権利を「詐害行為取消権」といいます。詐害行為取消権は、債務者の責任財産を保全するために、一般財産を減少させる債務者の行為の効力を否認して、債務者の一般財産から逸出したものを取り戻すことを目的とします。取消の範囲と逸出財産返還の方法
詐害行為取消権は、債権の共同担保を保全することを目的とするため、取消の範囲は、共同担保を保全するために必要な範囲に限られます。このような観点から、大審院判例は、目的物が可分であるときは、被保全債権額の限度で、詐害行為の一部のみを取り消すことができるとし(大審院明治36年10月11日判決)、ただ、債権保全のために必要な場合には、その債権額を超えて、詐害行為を取り消すことができるとしていました(大審院大正5年12月6日判決、大審院大正9年12月24日判決)。
最高裁も、このような大審院判例の立場を踏まえ、目的物が不可分のときには、たとえ目的物の価額が債権額を超える場合でも、債権者は、詐害行為の全部を取り消すことができると判断していました(最高裁昭和30年10月11日第三小法廷判決)。
そして、逸出財産方法としては、相手方から詐害行為の目的たる財産自体の返還を請求することができる場合には、現物返還が原則であり、価額賠償を求めることができるのは特別の事情のある場合に限ると解していました(大審院昭和9年11月30日判決)。
抵当権が設定されている場合の取消の範囲と逸出財産返還の方法
他方、抵当権が設定されている不動産を抵当権者に代物弁済として譲渡されて抵当権が消滅している事案において、最高裁は、「債権者取消権は債権者の共同担保を保全するため、債務者の一般財産減少行為を取り消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまる」「本件においてもその取消は、前記家屋の価格から前記抵当債権額を控除した残額の部分に限って許される」とし、「詐害行為の一部取消の場合において、その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であって不可分のものと認められる場合にあっては、債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はない。」と判示していました(最高裁昭和36年7月19日大法廷判決。以下「昭和36年大法廷判決」といいます。)。本件も、抵当権が設定された不動産の処分行為が詐害行為とされた事案ですが、本判決は、「本件土地全部についての譲渡担保契約を取り消して右土地自体の回復」を認めました。
ここで、本判決と上記昭和36年大法廷判決との関係が問題となりますが、昭和36年大法廷判決の事案は、目的物が抵当権付債権に代物弁済され、抵当権の登記は既に抹消されており、かつ転得者のみが被告となっていたために、抵当権及び抵当権登記を復活させた上で所有名義を債務者に復帰させることができない状況であったのに対して、本件は、抵当権者以外の者が譲渡担保の設定を受けたという事案であり、抵当権登記は抹消されていないという違いがあります。
このような事案の違いを踏まえると、本判決の位置付けとしては、「抵当権付の不動産の処分の場合に、一律に現物返還を許さないというのではなく、可能な限り財産取戻による原状回復をはかる立場をとることを明らかにしたもの」といえます(篠田省二『最高裁判所判例解説』)。