事案の概要

控訴審判決によれば、事案の概要は次のとおりです。
  • 訴外Aは、線下補償金要求の交渉費用として、X及びYに対し合計5650万円を支出した。
  • 交渉が失敗に終わり、補償金を得ることができなかったため、Aは支出金と同額の損失を被った。
  • 損失補償のため、昭和51年9月8日、XとYとが連帯してAに対し5650万円を昭和52年6月30日限り支払うことを約し(以下「本件債務」という。)、同日、この趣旨及び執行受諾等を記載した公正証書が作成された。なお、XとYとの負担割合は平等とすることが合意された。
  • Xは、昭和52年9月20日、Aに対し、X所有の土地の所有権を譲渡し、翌21日、その旨の所有権移転登記を経由した。Xは代物弁済の事実を事後においてもYに通知しなかった。
  • Yは、代物弁済の事実を知らずに、昭和52年12月29日、本件債務の弁済として、Aに200万円を支払った。Yは、200万円を支払うに当たり、事前にXに通知しなかった。
  • 昭和53年12月中頃からYに代わってAと本件債務についての交渉に当たってきたYの息子であるBは、本件債務のうち800万円の債務を引き受け、同日と同年9月29日に各400万円をAに支払った。800万円の支払うに当たっても、Yは、Xに通知をしなかったが、Xの所在が不明で連絡ができなかったためである。
原審は、次のとおり判示しました。
  • Yが前記200万円を支払うに当り事前にXに通知しなかったことが認められるから、連帯債務者であるX・Yの双方に200万円の二重弁済について過失があったものであり、かような場合には民法443条1項、2項ともに適用がなく、一般の原則に従い、先になされたXによる代物弁済のみが有効であって、Yによる200万円の弁済は控訴人に対する関係では無効である。
  • 800万円の二重弁済については、Y側に過失がないから、民法443条2項によりYによる800万円の弁済を有効とすべきであり、この限度において、XはYに求償することが許されない。

本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和57年12月17日第二小法廷判決

 連帯債務者の一人が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠った場合は、既に弁済しその他共同の免責を得ていた他の連帯債務者に対し、民法四四三条二項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできないものと解するのが相当である。けだし、同項の規定は、同条一項の規定を前提とするものであつて、同条一項の事前の通知につき過失のある連帯債務者までを保護する趣旨ではないと解すべきであるからである(大審院昭和六年(オ)第三一三七号同七年九月三〇日判決・民集一一巻二〇号二〇〇八頁参照)。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

前提知識と簡単な解説

以下の解説は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令の規定に従っています。

連帯債務者の求償

連帯債務者の一人が債務を弁済しその他自己の出捐をもって共同の免責を得たときは、他の債務者に対してその各自の負担部分について求償することができます(民法442条1項)。

通知義務と求償の制限

連帯債務者の一人が債務者から請求を受けたことを他の債務者に通知しないで弁済をしその他自己の出捐をもって共同の免責を得た場合に、他の債務者が債権者に対抗することができる事由を有していたときは、その負担部分について、その事由をもって免責を得た債務者に対抗することができます(民法443条1項本文)。
連帯債務者の一人が弁済その他自己の出捐をもって共同の免責を得たことを他の債務者に通知することを怠ったことにより、他の債務者が善意で債権者に弁済をしその他有償で免責を得たときは、他の債務者は、自己の弁済その他免責行為を有効であったものとみなすことができます(民法443条2項)。

本件では、第一の弁済者が事後の通知を怠り、第二の弁済者も事前の通知をしないで弁済した場合に、第二の弁済者が、民法443条2項により、自己の免責行為を有効とみなすことができるかが問題となりました。
この点について、本判決は、「連帯債務者の一人が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠った場合は、既に弁済しその他共同の免責を得ていた他の連帯債務者に対し、民法四四三条二項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできない」と判示しました。