事案の概要
- 被上告人Xは、訴外Dに対し、昭和57年5月27日当時合計2395万5634円の債権を有し、その後その債権額は約2000万円となった。
- Dは、多額の債務を負担していたところ、他の債権者を害することを知りながら、右同日、上告人Y1に対し、原判決別紙不動産目録1記載の(一)(二)の不動産(本件(一)(二)物件)を代金3500万円で、Y1の代表者である上告人Y2に対し、本件(三)ないし(九)物件ほか二筆の土地を代金1000万円で、それぞれ売り渡した。右各不動産については、同月28日、Y2への所有権移転登記が経由された上、このうち本件(一)(二)物件につき、同年11月1日、Y1への所有権移転登記が経由された。
- 右各売買契約当時、本件(一)(二)(五)(六)(八)物件を共同抵当の目的として、訴外Eを根抵当権者とする極度額3000万円の根抵当権設定登記が経由されていたが、同年6月11日その被担保債権3000万円が弁済され、右根抵当権設定登記の抹消登記がされた。
- 本訴において、Xは、予備的請求として、(1) 詐害行為取消権に基づき、Y1とDとの間の本件(一)(二)物件の売買契約を取り消し、Y1に対し、本件(一)(二)物件につきY1が経由した各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求め、Y2に対し、右取消しにより本件(一)(二)物件の所有権がDに復帰することを前提として、債権者代位権に基づき、本件(一)(二)物件につきY2が経由した各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求めるとともに、(2) 詐害行為取消権に基づき、Y2とDとの間の本件(三)ないし(九)物件の売買契約を取り消し、Y2に対し、本件(三)ないし(九)物件につきY2が経由した各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求めた。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁平成4年2月27日第一小法廷判決
共同抵当の目的とされた数個の不動産の全部又は一部の売買契約が詐害行為に該当する場合において、当該詐害行為の後に弁済によって右抵当権が消滅したときは、売買の目的とされた不動産の価額から右不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権の額を控除した残額の限度で右売買契約を取り消し、その価格による賠償を命ずるべきであり、一部の不動産自体の回復を認めるべきものではない(最高裁昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁、同六一年(オ)第四九五号同六三年七月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五四号三六三頁参照)。
そして、この場合において、詐害行為の目的不動産の価額から控除すべき右不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権の額は、民法三九二条の趣旨に照らし、共同抵当の目的とされた各不動産の価額に応じて抵当権の被担保債権額を案分した額(以下「割り付け額」という。)によると解するのが相当である。
前提知識と簡単な解説
以下の解説は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令の規定に従っています。共同抵当について
同一の債権の担保として数個の不動産について設定された抵当権を「共同抵当」といいます。共同抵当権者は、目的不動産の一部を競売にかけて、その代価から被担保債権全額について弁済を受けることもできますし(民法392条2項前段)、目的不動産の全部を同時に競売にかけることもできます(民法392条1項)。目的不動産の全部を同時に競売にかけるときは、共同抵当権者の被担保債権は、各不動産の価額に応じて按分して割り付けられます(民法392条1項)。
詐害行為取消権
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができます(民法424条1項本文)。この債権者の権利を「詐害行為取消権」といいます。詐害行為取消権は、債務者の責任財産を保全するために、一般財産を減少させる債務者の行為の効力を否認して、債務者の一般財産から逸出したものを取り戻すことを目的とします。抵当権が設定されている場合の取消の範囲と逸出財産返還の方法
抵当権が設定されている不動産を抵当権者に代物弁済として譲渡されて抵当権が消滅している事案において、最高裁は、「債権者取消権は債権者の共同担保を保全するため、債務者の一般財産減少行為を取り消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまる」「本件においてもその取消は、前記家屋の価格から前記抵当債権額を控除した残額の部分に限って許される」とし、「詐害行為の一部取消の場合において、その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であって不可分のものと認められる場合にあっては、債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はない。」と判示しました(最高裁昭和36年7月19日大法廷判決)。以上のように判例は、詐害行為後に抵当権が消滅している事例については、一部取消及び価格賠償によるべきとしていたところ、本判決も、「共同抵当の目的とされた数個の不動産の全部又は一部の売買契約が詐害行為に該当する場合において、当該詐害行為の後に弁済によって右抵当権が消滅したときは、売買の目的とされた不動産の価額から右不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権の額を控除した残額の限度で右売買契約を取り消し、その価格による賠償を命ずるべきであり、一部の不動産自体の回復を認めるべきものではない」と判断しました。
なお、学説上は、共同抵当の場合には、一部取消及び価格賠償によるという結論に対して、別異の解釈を採用すべきであるとする見解がありました。すなわち、「不動産の総価格が被担保債権を遙かにオーバーし、差額が一部の不動産の価格を越えるときは、その額に相当する不動産そのものの回復を請求しうる」とするものです(我妻栄『新訂債権総論』)。本判決は、このような見解を採らないことを示したものと考えられます。
価格賠償の額
上記のとおり詐害行為取消の範囲は「売買の目的とされた不動産の価額から右不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権の額を控除した残額の限度」となりますが、共同抵当不動産の一部を売買の目的としていた場合において、不動産の価額から控除すべき額をどのようにみるかが問題となります。本判決は、「民法392条の趣旨に照らし、共同抵当の目的とされた各不動産の価額に応じて抵当権の被担保債権額を案分した額(以下「割り付け額」という。)による」と判示しました。