本判決の内容(抜粋)
- 最高裁平成12年7月12日第三小法廷判決
- 1 上告人は、遺贈を受け被上告人らからの遺留分減殺請求の対象となっている財産の一部である第一審判決別紙株式目録記載六の株式のみについて、本件訴訟で民法一〇四一条一項に基づく価額の弁償を主張している。
2 原審は、同項の「贈与又は遺贈の目的の価額」とは、贈与又は遺贈された財産全体の価額を指すものと解するのが相当であり、贈与又は遺贈を受けた者において任意に選択した一部の財産について価額の弁償をすることは、遺留分減殺請求権を行使した者の承諾があるなど特段の事情がない限り許されないものというべきであり、そう解しないときは、包括遺贈を受けた者は、包括遺贈の目的とされた全財産についての共有物分割手続を経ないで、遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり、遺留分権利者の利益を不当に害することになるとして、上告人の価額弁償の主張を排斥し、右株式を被上告人ら三、上告人五の割合で分割した上、上告人に対し、この分割の裁判が確定したときに、右分割株式数に応じた株券を被上告人らに引き渡すよう命じた。
3 しかし、受贈者又は受遺者は、民法一〇四一条一項に基づき、減殺された贈与又は遺贈の目的たる各個の財産について、価額を弁償して、その返還義務を免れることができるものと解すべきである。
なぜならば、遺留分権利者のする返還請求は権利の対象たる各財産について観念されるのであるから、その返還義務を免れるための価額の弁償も返還請求に係る各個の財産についてなし得るものというべきであり、また、遺留分は遺留分算定の基礎となる財産の一定割合を示すものであり、遺留分権利者が特定の財産を取得することが保障されているものではなく(民法一〇二八条ないし一〇三五条参照)、受贈者又は受遺者は、当該財産の価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければ、遺留分権利者からの返還請求を拒み得ないのであるから(最高裁昭和五三年(オ)第九〇七号同五四年七月一〇日第三小法廷判決・民集三三巻五号五六二頁)、右のように解したとしても、遺留分権利者の権利を害することにはならないからである。このことは、遺留分減殺の目的がそれぞれ異なる者に贈与又は遺贈された複数の財産である場合には、各受贈者又は各受遺者は各別に各財産について価額の弁償をすることができることからも肯認できるところである。そして、相続財産全部の包括遺贈の場合であっても、個々の財産についてみれば特定遺贈とその性質を異にするものではないから(最高裁平成三年(オ)第一七七二号同八年一月二六日第二小法廷判決・民集五〇巻一号一三二頁)、右に説示したことが妥当するのである。
そうすると、原審の前記判断には民法一〇四一条一項の解釈を誤った違法があるというべきである。
前提知識と簡単な解説
遺留分
遺留分とは、一定の相続人のために留保されなければならない遺産の一定割合をいいます。遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定します(民法1029条1項)。
遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び1030条に規定する贈与の減殺を請求することができます(民法1031条)。
価額による弁償
受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができます(民法1041条1項)。
本判決の意義
本件では、減殺の対象となった財産のうち、受遺者が任意に特定の財産を選択して価額弁償をすることが許されるかどうかが問題となりました。
この点について、本判決は、「受贈者又は受遺者は、民法一〇四一条一項に基づき、減殺された贈与又は遺贈の目的たる各個の財産について、価額を弁償して、その返還義務を免れることができるものと解すべき」と判示しました。
追記:平成30年民法(相続関係)改正について
平成30年民法改正により、遺留分権利者の権利行使によって金銭債権が生ずるものとされました(民法1046条の解説を参照)。