遺産分割後に利害関係に立った第三者に対する関係につき、「民法一七七条の適用があり、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができない」と判示しました。
事案の概要
原審の判決によれば、事案の概要は、次のとおりです。
- 昭和34年4月11日、遺産分割調停において、被相続人の遺産である不動産について、相続人のうち7名が各7分の1の持分を取得する旨の調停が成立した。
- 昭和41年7月6日、仮差押登記の嘱託に基づいて、上記遺産分割と異なる持分割合による所有権保存登記がされた。
- 昭和41年12月10日、相続人の債権者の代位申請に基づき、上記遺産分割と異なる持分割合による所有権保存登記がされた。
- 昭和42年11月30日、相続人の債権者は、登記に表示された各持分に対する仮差押決定を得て、同年12月4日、その旨の登記手続をした。
- 各所有権不動産登記が実体関係と符合しないことを理由として、一部の相続人が、その余の相続人を被告として、所有権保存登記の更正手続を請求し、その請求認容判決が、昭和42年12月19日、確定した。
- そこで、一部の相続人が、相続人の債権者に対し、更正登記の承諾を求めて、本件訴訟を提起した。
原審は、「不動産の共有持分権の得喪変更も、その登記をしなければ第三者に対抗することはできないのであつて、不動産の共有持分権の得喪変更が遺産分割による場合も、同様に、民法第一七七条の適用がある」、「控訴人等は、まだ、遺産分割の登記を経由していない以上、右遺産分割の調停による共有持分権の取得をもつて第三者たる被控訴人等に対抗することはできない」、「控訴人等が前記遺産分割の調停によつて取得した共有持分権に基づく持分更正登記の承諾義務はないものといわなければならない。」と判断しました。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁昭和46年1月26日第三小法廷判決
- 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるものではあるが、第三者に対する関係においては、相続人が相続によりいつたん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものであるから、不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については、民法一七七条の適用があり、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができないものと解するのが相当である。
論旨は、遺産分割の効力も相続放棄の効力と同様に解すべきであるという。しかし、民法九〇九条但書の規定によれば、遺産分割は第三者の権利を害することができないものとされ、その限度で分割の遡及効は制限されているのであつて、その点において、絶対的に遡及効を生ずる相続放棄とは、同一に論じえないものというべきである。遺産分割についての右規定の趣旨は、相続開始後遺産分割前に相続財産に対し第三者が利害関係を有するにいたることが少なくなく、分割により右第三者の地位を覆えすことは法律関係の安定を害するため、これを保護するよう要請されるというところにあるものと解され、他方、相続放棄については、これが相続開始後短期間にのみ可能であり、かつ、相続財産に対する処分行為があれば放棄は許されなくなるため、右のような第三者の出現を顧慮する余地は比較的乏しいものと考えられるのであつて、両者の効力に差別を設けることにも合理的理由が認められるのである。そして、さらに、遺産分割後においても、分割前の状態における共同相続の外観を信頼して、相続人の持分につき第三者が権利を取得することは、相続放棄の場合に比して、多く予想されるところであつて、このような第三者をも保護すべき要請は、分割前に利害関係を有するにいたつた第三者を保護すべき前示の要請と同様に認められるのであり、したがつて、分割後の第三者に対する関係においては、分割により新たな物権変動を生じたものと同視して、分割につき対抗要件を必要とするものと解する理由があるといわなくてはならない。
前提知識と簡単な解説
遺産分割について
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されており(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)、「遺産共有」と呼ばれています。
各共同相続人は、遺産共有を解消するために、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができ(民法907条1項)、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、遺産の分割を家庭裁判所に請求することができます(民法907条2項本文)。
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生じますが(民法909条本文)、第三者の権利を害することはできないものとされています(民法909条ただし書)。
本判決の位置付け
上記のとおり、遺産分割の効力は相続開始の時にさかのぼるとされていることから(民法909条本文)、遺産分割により不動産の所有権を取得した者は、被相続人から直接に権利を取得したこととなり、登記を経ずに第三者に対抗することができるようにも読めます。
しかし、一方で、民法909条ただし書は、遺産分割により第三者の権利を害することはできないと定め、分割の遡及効に制限を加えていることから、第三者に対する関係では、分割により新たな権利の移転が行われていると同視することができます。
本判決は、「第三者に対する関係においては、相続人が相続によりいつたん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものであるから、不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については、民法一七七条の適用があり、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができない」と判示しました。
追記
平成30年民法(相続関係)改正により、民法899条の2が創設されました。
同条1項では「相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない」と規定されているため、民法改正後は、同条の規律によることになります。