事案の概要
- 亡Dは、平成元年9月25日、被上告人Xに対する四億円の債務を担保するため、原判決別紙物件目録記載の不動産に、極度額4億4000万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定したが、その設定登記手続はされなかった。
- Dは、平成7年1月30日に死亡した。
- Xは、本件根抵当権について、仮登記を命ずる仮処分命令を得て、平成7年3月30日、平成元年9月25日設定を原因とする根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)を了した。
- その後、Dの法定相続人全員が相続の放棄をし、平成8年4月15日、Xの申立てにより、Aが亡D相続財産(上告人Y)の相続財産管理人に選任された。
上記事実関係の下において、Xは、本件根抵当権につき、Yに対し、本件仮登記に基づく本登記手続を請求しました。
原審は、「相続人が明らかでない場合の相続財産法人は、対外的に積極的な活動をなすことを目的とするものではなく、管理清算の便宜上法人とされるにすぎず、被相続人の権利義務を承継した相続人と同様の地位にあるものというべきである(最判昭和二九年九月一〇日裁判集民事一五号五一三頁)。」「根抵当権設定契約がなされている以上、控訴人の請求は理由があるということができる」などと判示して、Xの請求を認容しました。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決
- 1 相続人が存在しない場合(法定相続人の全員が相続の放棄をした場合を含む。)には、利害関係人等の請求によって選任される相続財産の管理人が相続財産の清算を行う。管理人は、債権申出期間の公告をした上で(民法九五七条一項)、相続財産をもって、各相続債権者に、その債権額の割合に応じて弁済をしなければならない(同条二項において準用する九二九条本文)。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することができない(同条ただし書)。この「優先権を有する債権者の権利」に当たるというためには、対抗要件を必要とする権利については、被相続人の死亡の時までに対抗要件を具備していることを要すると解するのが相当である。相続債権者間の優劣は、相続開始の時点である被相続人の死亡の時を基準として決するのが当然だからである。この理は、所論の引用する判例(大審院昭和一三年(オ)第二三八五号同一四年一二月二一日判決・民集一八巻一六二一頁)が、限定承認がされた場合について、現在の民法九二九条に相当する旧民法一〇三一条の解釈として判示するところであって、相続人が存在しない場合についてこれと別異に解すべき根拠を見いだすことができない。
したがって、相続人が存在しない場合には(限定承認がされた場合も同じ。)、相続債権者は、被相続人からその生前に抵当権の設定を受けていたとしても、被相続人の死亡の時点において設定登記がされていなければ、他の相続債権者及び受遺者に対して抵当権に基づく優先権を対抗することができないし、被相続人の死亡後に設定登記がされたとしても、これによって優先権を取得することはない(被相続人の死亡前にされた抵当権設定の仮登記に基づいて被相続人の死亡後に本登記がされた場合を除く。)。
2 相続財産の管理人は、すべての相続債権者及び受遺者のために法律に従って弁済を行うのであるから、弁済に際して、他の相続債権者及び受遺者に対して対抗することができない抵当権の優先権を承認することは許されない。そして、優先権の承認されない抵当権の設定登記がされると、そのことがその相続財産の換価(民法九五七条二項において準用する九三二条本文)をするのに障害となり、管理人による相続財産の清算に著しい支障を来すことが明らかである。したがって、管理人は、被相続人から抵当権の設定を受けた者からの設定登記手続請求を拒絶することができるし、また、これを拒絶する義務を他の相続債権者及び受遺者に対して負うものというべきである。
以上の理由により、相続債権者は、被相続人から抵当権の設定を受けていても、被相続人の死亡前に仮登記がされていた場合を除き、相続財産人に対して抵当権設定登記手続を請求することができないと解するのが相当である。限定承認がされた場合における限定承認者に対する設定登記手続請求も、これと同様である(前掲大審院判例を参照)。なお、原判決の引用する判例(最高裁昭和二七年(オ)第五一九号同二九年九月一〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五号五一三頁)は、本件の問題とは事案を異にし、右に説示したところと抵触するものではない。
3 したがって、被上告人には、本件根抵当権につき、上告人に対し、本件仮登記に基づく本登記手続を請求する権利がないものというべきである。
前提知識と簡単な解説
相続の効力
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き(民法896条ただし書)、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。
相続人の範囲
民法は相続人の範囲について次のように定めています。
(1) 被相続人の配偶者は常に相続人となります(民法890条前段)。
(2) 被相続人の子は相続人となります(民法887条1項)。被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は相続人の欠格事由(民法891条)に該当し,若しくは廃除(民法892条)によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となります(民法887条2項本文)。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りではありません(民法887条2項ただし書)。代襲者が、相続の開始以前に死亡していた場合等は、代襲者の子がさらに代襲して相続人となります(民法887条3項)。
(3) 子又はその代襲者がいない場合には、次の順序に従って相続人となります(民法889条1項)。(一)被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者を先にします。(二)被相続人の兄弟姉妹。兄弟姉妹が,相続の開始以前に死亡していた場合等は、兄弟姉妹の子が代襲して相続人となります(民法889条2項において準用する民法887条2項)。
相続人の不存在
相続人のあることが明らかでないときは、相続財産の清算の目的のため、相続財産は法人とされ(民法951条)、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所は、相続財産の管理人を選任します(民法952条1項。追記:令和3年民法改正により「管理人」は「清算人」と名称を改められています。)。選任された相続財産管理人は、民法103条に定める保存行為等を行うほか、必要な場合には、家庭裁判所の許可を得た上で、保存等を超える行為をすることができます(民法953条において準用する民法28条)。
相続財産管理人は、すべての相続債権者及び受遺者に対し、一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告します(民法957条1項前段)。公告期間満了後、相続財産をもって、その期間内に申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれの債権額の割合に応じて弁済をします(民法957条2項において準用する民法929条本文)。
本判決の意義
本判決は、被相続人から抵当権の設定を受けた相続債権者が相続財産法人に対して抵当権設定登記手続を請求することができるかという論点について、「相続債権者は、被相続人から抵当権の設定を受けていても、被相続人の死亡前に仮登記がされていた場合を除き、相続財産人に対して抵当権設定登記手続を請求することができない」と判示しました。