事案の概要

  • A(大正13年生)は、平成8年に死亡した。その法定相続人は、妻であるB、実子である上告人X1、被上告人Y1及び被上告人Y2並びに養子である上告人X2及びCである。
  • Aの相続について、上告人X2及び上告人X1の遺留分は各20分の1である。
  • Aは、公正証書により、Aの遺産をYら及びBにそれぞれ相続させる旨の遺言をした。
  • Xらは、平成8年、被上告人ら及びBに対して遺留分減殺請求権を行使し、Yら及びBがAから前記公正証書遺言により取得した遺産につき、それぞれその20分の1に相当する部分を返還するように求めた。
  • Xらは、平成9年に本訴を提起し、遺留分減殺を原因とする不動産の持分移転登記手続等を求めたところ、 Y2は平成15年8月5日、Y1は平成16年2月27日、それぞれ第1審の弁論準備手続期日においてXらに対し価額弁償をする旨の意思表示をした。これに対し、Xらは、平成16年7月16日の第1審の口頭弁論期日において、訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めるとともに、その附帯請求として、相続開始の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

原審は、「遺留分権利者は、裁判所が受遺者に対し民法1041条の規定による価額を定めてその支払を命じることによって、はじめて受遺者に対する弁償すべき価額に相当する額の金銭の支払を求める権利を取得する」と解して、判決確定の日の翌日を遅延損害金の起算日とした。

本判決の内容(抜粋)

最高裁平成20年1月24日第一小法廷判決
 (1) 受遺者が遺留分権利者から遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求を受け,遺贈の目的の価額について履行の提供をした場合には,当該受遺者は目的物の返還義務を免れ,他方,当該遺留分権利者は,受遺者に対し,弁償すべき価額に相当する金銭の支払を求める権利を取得すると解される(前掲最高裁昭和54年7月10日第三小法廷判決,前掲最高裁平成9年2月25日第三小法廷判決参照)。また,上記受遺者が遺贈の目的の価額について履行の提供をしていない場合であっても,遺留分権利者に対して遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をしたときには,遺留分権利者は,受遺者に対し,遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求権を行使することもできるし,それに代わる価額弁償請求権を行使することもできると解される(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日第二小法廷判決・民集30巻7号768頁,前掲最高裁平成9年2月25日第三小法廷判決参照)。そして,上記遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得すると解するのが相当である。したがって,受遺者は,遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした時点で,遺留分権利者に対し,適正な遺贈の目的の価額を弁償すべき義務を負うというべきであり,同価額が最終的には裁判所によって事実審口頭弁論終結時を基準として定められることになっても(前掲最高裁昭和51年8月30日第二小法廷判決参照),同義務の発生時点が事実審口頭弁論終結時となるものではない。そうすると,民法1041条1項に基づく価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日は,上記のとおり遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日ということになる。
 (2) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,遺留分権利者である上告人らは,被上告人らがそれぞれ価額弁償をする旨の意思表示をした後である平成16年7月16日の第1審口頭弁論期日において,訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めることとしたのであり,この訴えの変更により,被上告人らに対し,価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,弁償金の支払を請求したものというべきである。そうすると,上告人らは,被上告人らに対し,上記価額弁償請求権について,訴えの変更をした日の翌日である同月17日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求することができる。

前提知識と簡単な解説

遺留分

遺留分とは、一定の相続人のために留保されなければならない遺産の一定割合をいいます。遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定します(民法1029条1項)。
遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び1030条に規定する贈与の減殺を請求することができます(民法1031条)。

価額による弁償

受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができます(民法1041条1項)。
価額弁償の算定の基準時は、「現実に弁償がされる時であり、遺留分権利者において当該価額弁償を請求する訴訟にあっては現実に弁償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結の時である」と解されています(最高裁昭和51年8月30日第二小法廷判決)。

本判決の意義

本件では、価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日が争点となり、その前提として、受遺者が価額弁償をする旨の意思表示をしたときに、遺留分権利者が取得する権利の内容が問題となりました。
この点について、本判決は、「遺留分権利者は、受遺者に対し、遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求権を行使することもできるし、それに代わる価額弁償請求権を行使することもできる」とした上で、「遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得する」と解しました。そして、遅延損害金の起算日については、「遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し、かつ、受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日」と判示しました。

追記:平成30年民法(相続関係)改正について

平成30年民法改正により、遺留分権利者の権利行使によって金銭債権が生ずるものとされました(民法1046条の解説を参照)。この金銭債務は期限の定めのない債務(民法412条3項)となり、遺留分権利者が受遺者等に対して具体的な金額を示してその履行を請求した時から履行遅滞に陥ると考えられています(堂薗幹一郎・野口宣大『一問一答新しい相続法』)。