本判決の位置づけ

既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけでなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に到来していることを要すると判示しました。
また、民法508条が適用されるためには、消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると判示しました。

事案の概要

Yは、貸金業者であるYとの間で、利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行いました。この取引の結果、平成8年10月29日時点において、19万953円の過払い金が発生していました(以下「本件過払金返還請求権」といいます。本件の相殺においては「自働債権」となります)。
貸金業者であるAは、平成14年1月31日、Xに対し、457万円を貸し付ました。この金銭消費貸借契約には、Xが平成14年3月から平成29年2月まで毎月1日に約定の元利金を分割弁済することとし、その支払いを遅延したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約(以下「本件特約」といいます。)がありました。
Yは、平成15年1月6日、Aを吸収合併する旨の登記を完了して、Xに対する貸主の地位を承継しました。
Xは、A及びYに対し、上記の貸付けに係る元利金について継続的に弁済を行い、平成22年6月2日の時点において、残元金の額は188万8111円となりました(以下「本件貸付金残債権」といいます。本件の相殺においては「受働債権」となります。)。Xは、平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、本件特約に基づき、同日の経過をもって期限の利益を喪失しました。
Xは、平成22年8月17日、Yに対し、本件過払金返還請求権を含む債権を自働債権とし、本件貸付金残債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をしました。
Yは、平成22年9月28日、Xに対し、本件過払金返還請求権は、平成8年10月29日の取引が終了した時点から10年が経過し、時効消滅しているとして、その時効を援用する旨の意思表示をしました。

判決文(抜粋)

民法505条1項は、相殺適状につき、「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから、その文理に照らせば、自働債権のみならず受働債権についても、弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。また、受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは、上記債務者が既に享受した利益を自ら遡及的に消滅させることとなって、相当でない。したがって、既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権が相殺適状にあるというためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。
そして、当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば、同条が適用されるためには、消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。

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