相続人の1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合、相続債務はどのように引き継がれるのでしょうか。また、遺留分の侵害額の算定において、法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することはできるのでしょうか。
平成21年3月24日最高裁第三小法廷判決
事案の概要
(1) Aは、Aの財産全部をYに相続させる旨の公正証書遺言をしました。本件遺言は、Yの相続分を全部と指定し、その遺産分割の方法の指定として遺産全部の権利をYに移転するという内容を定めたものでした。
(2) Aが死亡しました。Aの法定相続人は、子のXとYでした。
(3) Aの相続財産は、不動産を含む積極財産と、可分債務を含む消極財産がありました。
(4) Xは、Yに対して、遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をしました。
問題点(当事者の主張)
Xは、積極財産から消極財産を控除して算定された遺留分の額に、Yが負担する相続債務を加算して、遺留分の侵害額を算定すべきであると主張しました。
これに対して、Yは、本件遺言によって、相続債務はすべてXが負担することになるから、遺留分の侵害額の算定において、遺留分の額に相続債務の額を加算することは許されないと主張しました。
判決文の抜粋
(1) 相続債務の承継について
相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。
(2) 遺留分の侵害額の算定について
相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。
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簡単な解説
(1) 相続債務の承継
被相続人が負っていた債務も、一身専属的なものを除いて、相続の対象となります(民法896条)。そして、金銭債務のような可分債務については、遺産分割を経ることなく、法定相続分に従って各共同相続人が当然に承継するものと考えられています。
そこで、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言があった場合でも、同様に金銭債務を承継されかどうかが問題となりました。
この問題点に対して最高裁が示した判断は、上記引用のとおり、特段の事情がない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させるというものです。
もっとも、この結論を、当該相続債務の債権者の立場からみた場合、債権者としては、相続人のうちの誰に対して請求できるのかが分からないことになってしまいます。そこで、本判決は、相続債権者との法律関係についても、次のように言及しています。
遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなければならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが、相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである
(2) 遺留分の侵害額の算定方法
遺留分の侵害額は、確定された遺留分算定の基礎となる財産額に民法1028条所定の遺留分の割合を乗じるなどして算定された遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定します(平成8年11月26日最高裁第三小法廷判決)。