「相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法891条5号所定の相続欠格者には当たらない」と判示しました。

判決文(抜粋)

平成9年1月28日第三小法廷判決
 相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法八九一条五号所定の相続欠格者には当たらないものと解するのが相当である。けだし、同条五号の趣旨は遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにあるが(最高裁昭和五五年(オ)第五九六号同五六年四月三日第二小法廷判決・民集三五巻三号四三一頁参照)、遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、これを遺言に関する著しく不当な干渉行為ということはできず、このような行為をした者に相続人となる資格を失わせるという厳しい制裁を課することは、同条五号の趣旨に沿わないからである。

前提知識と簡単な解説

相続人の欠格事由

民法は、相続人となる者として、子(887条1項)、子の代襲者(887条2項、3項)、直系尊属(889条1項1号)及び兄弟姉妹(889条1項2号)並びに配偶者(890条)を定めていますが、他方で、一定の欠格事由を掲げ、欠格事由に該当する者は相続人となることはできないと定めています(891条)。民法が定める欠格事由は次のとおりです。
(1) 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者(891条1号)
(2) 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない(同2号)
(3) 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者(同3号)
(4) 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者(同4号)
(5) 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、又は隠匿した者(同5号)

なお、891条3号から5号の趣旨は、判例によれば、「遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対し相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするにある」と解されています(最高裁昭和56年4月3日第二小法廷判決)。

問題の所在

学説上、相続欠格者に該当するといえるためには、民法891条各号に該当する行為についての故意のほかに、当該行為によって相続の上で有利になるという動機又は目的(いわゆる「二重の故意」)を要するか否かが争われてきました。
本判決は、891条5号に関して二重の故意が必要であるとの立場を明らかにしました。すなわち、「遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、これを遺言に関する著しく不当な干渉行為ということはできず、このような行為をした者に相続人となる資格を失わせるという厳しい制裁を課することは、同条五号の趣旨に沿わない」とし、「相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法八九一条五号所定の相続欠格者には当たらない」と判示しました。

この場合の主張及び立証責任につき、調査官解説によれば、相続欠格を主張する側に「民法891条5号記載の破棄・隠匿行為」があったことの主張・立証責任を負わせ、相続欠格を争う側に抗弁として「相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったこと」の主張・立証責任を負わせることとするのが「当事者間の公平や証拠との距離などの観点から見て一番落ち着きがよいのではないかと思われる」と解説されています。