「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認される」と判示しました。
事案の概要
- 被相続人Dと被告Y1、Y2は、D所有の建物において、家族として同居していた。
- Dが死亡して相続が開始した後も、Y1及びY2は、本件建物に居住し続けた。
- Dは、本件建物を含む遺産を、特定の割合で、相続人らに相続させ、相続人でないBに対して遺贈する旨の遺言をしていた。(本件では、遺言の解釈も争いとなったが、最終的に各人の持分は、Y1が16分の2、Y2が16分の1、相続人であるXらが16分の12、Bが16分の1である。)
- Xらは、Y1及びY2に対して、賃料相当額の支払い等を求めた。
判決文(抜粋)
- 最高裁平成8年12月17日第三小法廷判決
- 共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。けだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。
本件についてこれを見るのに、上告人らは、Dの相続人であり、本件不動産においてDの家族として同人と同居生活をしてきたというのであるから、特段の事情のない限り、Dと上告人らの間には本件建物について右の趣旨の使用貸借契約が成立していたものと推認するのが相当であり、上告人らの本件建物の占有、使用が右使用貸借契約に基づくものであるならば、これにより上告人らが得る利益に法律上の原因がないということはできないから、被上告人らの不当利得返還請求は理由がないものというべきである。そうすると、これらの点について審理を尽くさず、上告人らに直ちに不当利得が成立するとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、右部分については、使用貸借契約の成否等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこととする。
前提知識と簡単な解説
相続の効力
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き(民法896条ただし書)、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。
相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されています(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)。
問題の所在
共有物の使用に関しては、各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じて使用をすることができると定められています(民法249条)。
したがって、共有者は、あくまで持分の限度に応じて使用をすることができるだけであり、他の共有者との協議を経ないで、当然に単独で共有物を使用する権原を有するわけではありません。
そこで、自己の持分に相当する範囲を超えて共有物を占有する共有者は、占有していない他の共有者に対して不当利得返還義務を負うのではないかが問題となりました。
本判決は、原審認定事実の下においては、無償で使用させる旨の合意、すなわち使用貸借契約(民法593条)が成立していたと推認するのが相当であるとし、さらに使用貸借契約の成否等について審理を尽くさせるため、原審に差し戻しました。