(1) 金融機関の預金者に対する預金口座の取引経過開示義務の有無につき、「金融機関は、預金契約に基づき、預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負う」とし、(2) 共同相続人の一人が取引経過開示請求権を単独で行使することの可否につき、「被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる」と判示しました。

事案の概要

  • Aは被上告人Xの父であり、BはXの母である。Aは平成17年に、Bは平成18年に、それぞれ死亡した。Xは、A及びBの共同相続人の一人である。
  • Aの死亡時、Aは上告人Yのa支店において普通預金口座と定期預金口座を有しており、Bは、同支店において普通預金口座と定期預金口座を有していた。
  • Xは、Yに対し、A名義の上記各預金口座及びB名義の上記各預金口座の取引経過の開示を、それぞれ求めたが、Yは、他の共同相続人全員の同意がないとしてこれに応じなかった。

判決文(抜粋)

最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決
 預金契約は、預金者が金融機関に金銭の保管を委託し、金融機関は預金者に同種、同額の金銭を返還する義務を負うことを内容とするものであるから、消費寄託の性質を有するものである。しかし、預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には、預金の返還だけでなく、振込入金の受入れ、各種料金の自動支払、利息の入金、定期預金の自動継続処理等、委任事務ないし準委任事務(以下「委任事務等」という。)の性質を有するものも多く含まれている。委任契約や準委任契約においては、受任者は委任者の求めに応じて委任事務等の処理の状況を報告すべき義務を負うが(民法645条、656条)、これは、委任者にとって、委任事務等の処理状況を正確に把握するとともに、受任者の事務処理の適切さについて判断するためには、受任者から適宜上記報告を受けることが必要不可欠であるためと解される。このことは預金契約において金融機関が処理すべき事務についても同様であり、預金口座の取引経過は、預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから、預金者にとって、その開示を受けることが、預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに、金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるということができる。
 したがって、金融機関は、預金契約に基づき、預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うと解するのが相当である。
 そして、預金者が死亡した場合、その共同相続人の一人は、預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが、これとは別に、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(同法264条、252条ただし書)というべきであり、他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない。
 上告人は、共同相続人の一人に被相続人名義の預金口座の取引経過を開示することが預金者のプライバシーを侵害し、金融機関の守秘義務に違反すると主張するが、開示の相手方が共同相続人にとどまる限り、そのような問題が生ずる余地はないというべきである。なお、開示請求の態様、開示を求める対象ないし範囲等によっては、預金口座の取引経過の開示請求が権利の濫用に当たり許されない場合があると考えられるが、被上告人の本訴請求について権利の濫用に当たるような事情はうかがわれない。

前提知識と簡単な解説

預金契約の性質

消費寄託

当事者の一方(受寄者)が相手方(寄託者)のために物を保管する契約を「寄託」といい(民法657条)、受寄者が寄託物を消費することができる場合を「消費寄託」といいます(民法666条1項)。
預金契約は、預金者が金融機関に金銭の保管を委託し、金融機関は預金者に同種、同額の金銭を返還する義務を負うことを内容とするものであるため、消費寄託の性質を有しています。

委任又は準委任

「委任」とは、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって成立する契約です(民法643条)。法律行為でない事務の委託は「準委任」といい(民法655条)、準委任についても委任の規定が準用されます。
委任契約又は準委任契約の場合には、受任者による報告義務を定めた規定(民法645条)があるため、預金契約が委任契約又は準委任契約の性質も有するものでないかが、本件では問題となりました。
この点について、本判決は、「預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には、預金の返還だけでなく、振込入金の受入れ、各種料金の自動支払、利息の入金、定期預金の自動継続処理等、委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも多く含まれている。」と判示しました。

取引経過開示請求権について

本判決は、「委任契約や準委任契約においては、受任者は委任者の求めに応じて委任事務等の処理の状況を報告すべき義務を負うが(民法645条656条)、これは、委任者にとって、委任事務等の処理状況を正確に把握するとともに、受任者の事務処理の適切さについて判断するためには、受任者から適宜上記報告を受けることが必要不可欠であるためと解される。このことは預金契約において金融機関が処理すべき事務についても同様であり、預金口座の取引経過は、預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから、預金者にとって、その開示を受けることが、預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに、金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるということができる。」として、取引経過開示請求権を肯定しました。

相続の効力

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き(民法896条ただし書)、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。
相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されています(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)。

民法249条以下の共有の規定によれば、共有者の管理に関する事項は、共有物の変更を加える場合(民法251条)を除き、原則として、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決するものとされていますが(民法252条本文)、例外的に、保存行為については、各共有者が行うことができるものとされています(民法252条ただし書)。

数人が所有権以外の財産権を有することを「準共有」といい、準共有については、法令に特別の定めがあるときを除き(民法264条ただし書)、共有の規定が準用されます(民法264条本文)。

本判決は、共同相続人が、預金契約上の地位を準共有(民法264条)するとした上で、取引経過の開示を求めることは「保存行為」(民法252条ただし書)に当たるから、共同相続人の一人は、「被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる」としています。