事案の概要

  • 本件不動産は、もとEの所有であった。
  • 昭和31年8月28日、Eが死亡した。
  • Eの相続人7名のうち、X(上告人)及びFを除く全員が、昭和31年10月29日に相続放棄の申述をして、同年11月20日受理された。
  • Eの相続人Dの債権者Yら(被上告人ら)は、本件不動産につきDが持分9分の1を有することを前提として、昭和39年12月25日、仮差押登記を経た。
  • 昭和40年11月5日、相続放棄の登記がされ、Fは同日本件不動産に対する相続による持分を放棄し、同月10日、その旨の登記を経由した。

本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和42年1月20日第二小法廷判決
 民法九三九条一項(昭和三七年法律第四〇号による改正前のもの)「放棄は、相続開始の時にさかのぼつてその効果を生ずる。」の規定は、相続放棄者に対する関係では、右改正後の現行規定「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初から相続人とならなかつたものとみなす。」と同趣旨と解すべきであり、民法が承認、放棄をなすべき期間(同法九一五条)を定めたのは、相続人に権利義務を無条件に承継することを強制しないこととして、相続人の利益を保護しようとしたものであり、同条所定期間内に家庭裁判所に放棄の申述をすると(同法九三八条)、相続人は相続開始時に遡ぼつて相続開始がなかつたと同じ地位におかれることとなり、この効力は絶対的で、何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずると解すべきである。
 ところで、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産と略称する。)は、もと訴外Eの所有であつたが、昭和三一年八月二八日同訴外人が死亡し、その相続人七名中上告人およびF両名を除く全員が同年一〇月二九日名古屋家庭裁判所一宮支部に相続放棄の申述をして、同年一一月二〇日受理され、同四〇年一一月五日その旨の登記がなされたが、Fは同日本件物件に対する相続による持分を放棄し、同月一〇日その旨の登記を経由したので、上告人Aの単独所有となつたものであることは、原審の適法に確定した事実であり、この事案を前記説示に照して判断すれば、Dが他の相続人であるF、G、H、I、A、J等六名とともに本件不動産を共同相続したものとしてなされた代位による所有権保存登記(名古屋法務局稲沢出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二四号)は実体にあわない無効のものというべく、従つて、本件不動産につきDが持分九分の一を有することを前提としてなした仮差押は、その内容どおりの効力を生ずる由なく、この仮差押登記(同出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二七号)は無効というべきである。よつて、この点に関する原判決の判断は当を得ず、この誤りが原判決主文に影響を及ぼすこと勿論であるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人が本件不動産の所有権を単独で取得し、現在その旨の登記を経由していることは前記のとおりであるから、被上告人らは上告人に対し、本件不動産のDの持分九分の一につき、名古屋法務局稲沢出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二七号をもつてなされた前記仮差押登記の抹消登記手続をなすべきである。そこで、この登記手続を求める上告人の請求を正当として認容し、民訴法四〇八条一号、八九条、九六条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

前提知識と簡単な解説

共同相続の効力について

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。

相続の承認と放棄

上記のとおり、民法は相続開始の時から権利義務の承継が生じるものとしながらも、その効果を受諾するか拒否するかの自由を相続人に認めています。
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続について、単純若しくは放棄をしなければなりません(民法915条1項本文)。
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述します(民法938条)。

相続放棄の効果(昭和37年改正前民法について)

本件については、昭和37年法律40号による改正前民法939条が適用されます。
同改正前民法939条は、1項において「放棄は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。」と、2項において「数人の相続人がある場合において、その一人が放棄をしたときは、その相続分は、他の相続人の相続分に応じてこれに帰属する。」と定めていました。
なお、同改正後の民法939条は「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。」と規定されています。

本判決の位置付け

本判決は相続放棄の遡及効について絶対的効力を認め、「何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずる」と判示しました。