事案の概要

  • 左官業を営んでいたAは昭和34年7月30日頃家出して行方不明となった。
  • Aの相続人であるYは、Aの家出後その行方不明中、昭和34年8月17日に左官業を目的とする有限会社を設立し、Aの所有にかかる左官工具および自転車等を無償で会社に使用させていた。
  • 昭和34年12月7日、Aの死体が発見された。Aは、家出の当夜に死亡していたことが確認された。
  • Yを含むAの相続人全員が、昭和35年2月、家庭裁判所に相続放棄の申述をし、同年3月10日、同申述が受理された。

Xは、Aに対して貸金債権を有しており、また、YがAの所有していた工具等を有限会社に無償使用させていたことや昭和34年8月頃にYがAの所有していた箪笥及び衣料品等を売却したことなどが民法921条1号本文の処分行為に該当すると主張して、Aの相続人であるYに対して貸金の支払を求めました。

本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和42年4月27日第一小法廷判決
 民法九二一条一号本文が相続財産の処分行為があった事実をもって当然に相続の単純承認があったものとみなしている主たる理由は、本来、かかる行為は相続人が単純承認をしない限りしてはならないところであるから、これにより黙示の単純承認があるものと推認しうるのみならず、第三者から見ても単純承認があったと信ずるのが当然であると認められることにある(大正九年一二月一七日大審院判決、民録二六輯二〇三四頁参照)。したがって、たとえ相続人が相続財産を処分したとしても、いまだ相続開始の事実を知らなかつたときは、相続人に単純承認の意思があったものと認めるに由ないから、右の規定により単純承認を擬制することは許されないわけであって、この規定が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない。

前提知識と簡単な解説

相続の承認及び放棄について

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものとされています(民法896条本文)。
一方で、相続人は相続の承認又は放棄の選択をすることが認められており、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に(「熟慮期間」といいます。)、相続について承認又は放棄をすることができます(民法915条1項本文)。

相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(民法938条)。相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

単純承認について

単純承認によって、相続人は、無限に被相続人の権利義務を承継します(民法920条)。
多数説は単純承認を意思表示の一種であると解していますが(「意思表示説」といいます。)、単純承認は無限に承継するという相続帰属の態様を意味し、意思表示ではないと解する見解もあります。

民法は、次の場合には、相続人は単純承認をしたものとみなすと規定しています(民法921条)。
(1) 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び民法602条に定める期間を超えない賃貸借をする場合を除きます(同条1号)。
(2) 相続人が民法915条1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき(同条2号)。
(3) 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りではありません(同条3号)。

民法921条1号の趣旨については、上記意思表示説によれば、処分行為により相続人の単純承認の意思が承認される、と考えることができます。
本判決も、「かかる行為は相続人が単純承認をしない限りしてはならないところであるから、これにより黙示の単純承認があるものと推認しうる」と判示していることから、意思表示説を採用しているものと考えられます。