共同相続人の一人が、相続財産のうち自己の本来の相続分を超える部分につき他の共同相続人の相続権を否定し、その部分も自己の相続持分に属すると称してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害しているため、侵害されている共同相続人が侵害の廃除を求めたという事案において、最高裁は、「民法884条の規定の適用をとくに否定すべき理由はない」とした上で、「共同相続人のうちの一人が若しくは数人が、他に共同相続人がいること、ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し」ている場合、又は「その部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し」ている場合は、「相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず」「相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではない」と判示しました。

事案の概要

  • 本件で問題となっている3個の不動産は、被相続人Dが所有していました。
  • Dは昭和28年12月15日に死亡しました。
  • Dの法定相続人として、妻E、長男F(Fは昭和19年に死亡)の子である上告人A1、二男G(Gは昭和21年7月15日に死亡)の子であるH及び被上告人B、三男である上告人A2及び四男である上告人A3がいました。
  • ところが、A1、A2及びA3は、3個の不動産について、いずれも昭和28年12月15日相続を原因として、それぞれ単独名義の所有権を経由しました。
  • 各不動産をA1、A2及びA3の単独所有とし、かつ単独名義の所有権移転登記を経由するにつき、被上告人の同意を得たことについては、立証がありません。

判決文(抜粋)

最高裁昭和53年12月20日大法廷判決
 三 思うに、民法八八四条の相続回復請求の制度は、いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させようとするものである。そして、同条が相続回復請求権について消滅時効を定めたのは、表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。
 1 そこで、まず、右法条が共同相続人相互間における相続権の帰属に関する争いの場合についても適用されるべきかどうかについて、検討する。
 (一) 現行の民法八八四条は昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法のもとにおいて家督相続回復請求権の消滅時効を定めていた同法九六六条を遺産相続に準用した同法九九三条の規定を引き継いだものであると解されるところ、右九九三条は遺産相続人相互間における争いにも適用があるとの解釈のもとに運用されていたものと考えられ(大審院明治四四年(オ)第五六号同年七月一〇日判決・民録一七輯四六八頁、最高裁昭和三七年(オ)第一二五八号同三九年二月二七日第一小法廷判決・民集一八巻二号三八三頁の事案参照)、また、右法律改正の際に共同相続人相互間の争いについては民法八八四条の適用を除外する旨の規定が設けられなかつたという経緯があるばかりでなく、(二) 相続人が数人あるときは、各相続財産は相続開始の時からその共有に属する(民法八九六条、八九八条)ものとされ、かつ、その共有持分は各相続人の相続分に応ずる(民法八九九条)ものとされるから、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分についての他の共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合は、右の本来の相続持分をこえる部分に関する限り、共同相続人でない者が相続人であると主張して共同相続人の相続財産を占有管理してこれを侵害している場合と理論上なんら異なるところがないと考えられる。さらに、(三) これを第三者との関係においてみるときは、当該部分の表見共同相続人と真正共同相続人との間のその部分についての相続権の帰属に関する争いを短期間のうちに収束する必要のあることは、共同相続人でない者と共同相続人との間に争いがある場合と比較して格別に径庭があるわけではない(たとえば、共同相続人相互間の争いの場合に民法八八四条の規定の適用がないものと解するときは、表見共同相続人からその侵害部分を譲り受けた第三者は相当の年月を経たのちにおいてもその部分の返還を余儀なくされ、また、相続債権者は共同相続人の範囲又はその相続分が相当の年月にわたり確定されない結果として債権の行使につき不都合を来すこと等が予想される。)。
 以上の諸点にかんがみると、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが、相当である。
 なるほど、民法九〇七条は、共同相続人は被相続人又は家庭裁判所が分割を禁じた場合を除くほか何時でもその協議で遺産の分割をすることができ、協議が調わないとき又は協議をすることができないときはその分割を家庭裁判所に請求することができる旨を定めている。しかしながら、(一) 右は、共同相続人の意思により民法の規定に従い各共同相続人の単独所有形態を形成確定することを原則として何時でも実施しうる旨を定めたものであるにとどまり、相続開始と同時に、かつ、遺産分割が実施されるまでの間は、可分債権(それは、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係には立たないものと解される。したがつて、この場合には、共同相続人のうちの一人又は数人が自己の債権となつた分以外の債権を行使することが侵害行為となることは、明白である。)を除くその他の各相続財産につき、各共同相続人がそれぞれその相続分に応じた持分を有することとなると同時に、その持分をこえる部分については権利を有しないものであり、共同相続人のうちの一人又は数人による持分をこえる部分の排他的占有管理がその侵害を構成するものであることを否定するものではないというべきである。(もつとも、遺産の分割前における共同相続人の各相続財産に対する権利関係が上述のように共有であるとする以上、共同相続人のうちの一人若しくは数人が相続財産の保存とみられる行為をし、又は他の共同相続人の明示若しくは黙示の委託に基づき、あるいは事務管理として、自己の持分をこえて相続財産を占有管理することが、ここにいう侵害にあたらないことはいうまでもない。)また、(二) 遺産の分割が行われるまで遺産の共有状態が保持存続されることが望ましいとしても、遺産の分割前に共同相続人のうちの一人又は数人による相続財産の侵害の結果として相続財産の共有状態が崩壊し、これを分割することが不能となる場合のあることは、共同相続人のうちの一人又は数人が侵害した相続財産を時効により取得し又は侵害した相続動産を第三者に譲渡した結果第三者がこれを即時取得した場合において最も明らかなように、事実として否定することのできないところである。民法九〇七条は、遺産の共有状態が崩壊したのちにおいてもその共有状態がなお存続するとの前提で遺産の分割をすべき旨をも定めていると解すべきではない。
 2 次に、共同相続人がその相続持分をこえる部分を占有管理している場合に、その者が常にいわゆる表見相続人にあたるものであるかどうかについて、検討する。
 思うに、自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、叉はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し、相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は、本来、相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないものと解するのが、相続の回復を目的とする制度の本旨に照らし、相当というべきである。そもそも、相続財産に関して争いがある場合であつても、相続に何ら関係のない者が相続にかかわりなく相続財産に属する財産を占有管理してこれを侵害する場合にあつては、当該財産がたまたま相続財産に属するというにとどまり、その本質は一般の財産の侵害の場合と異なるところはなく、相続財産回復という特別の制度を認めるべき理由は全く存在せず、法律上、一般の侵害財産の回復として取り扱われるべきものであつて、このような侵害者は表見相続人というにあたらないものといわなければならない。このように考えると、当該財産について、自己に相続権かないことを知りながら、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず、自ら相続人と称してこれを侵害している者は、自己の侵害行為を正当行為であるかのように糊塗するための口実として名を相続にかりているもの又はこれと同視されるべきものであるにすぎず、実質において一般の物権侵害者ないし不法行為者であつて、いわば相続回復請求制度の埓外にある者にほかならず、その当然の帰結として相続回復請求権の消滅時効の援用を認められるべき者にはあたらないというべきである。
 これを共同相続の場合についていえば、共同相続人のうちの一人若しくは数人が、他に共同相続人がいること、ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、又はその部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由(たとえば、戸籍上はその者が唯一の相続人であり、かつ、他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないことなど)があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず、したがつて、その一人又は数人は右のように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではないものといわなければならない。
 3 このようにみてくると、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが相当であるが、一般に各共同相続人は共同相続人の範囲を知つているのが通常であるから、共同相続人相互間における相続財産に関する争いが相続回復請求制度の対象となるのは、特殊な場合に限られることとなるものと考えられる。
 四 そこで、本件についてみると、前に判示した事実関係のもとにおいては、共同相続人の一部である上告人らは、相続財産に属する前記各不動産について、他に共同相続人として被上告人がいることを知りながらそれぞれ単独名義の相続による所有権移転登記をしたものであることが明らかであり、しかも、上告人らの本来の持分をこえる部分につき上告人らのみに相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があることは、何ら主張立証がされていない。
 五 そうすると、被上告人から上告人らに対し右各不動産についてされた上告人らの単独名義の相続登記の抹消を求める請求は民法八八四条所定の消滅時効にかからないと解したうえ、右請求は、右各登記について現に登記名義を有している各上告人の持分の割合を一二分の一一、被上告人の持分の割合を一二分の一とする更正登記を求める限度で理由があるとしてこれを認容した原審の判断は、結論において相当として是認することができる。

前提知識と簡単な解説

相続回復請求権について

民法は、相続回復請求制度について、「相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも、同様とする。」という規定(884条)をおいています。
相続回復請求制度の趣旨につき、本判決は、「いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させようとするもの」とした上で、民法884条が消滅時効を定めたのは、「表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たもの」と解しています。

問題の所在

前記のとおり、相続回復請求権を「真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求する」権利と解するとしても、相続権を有する共同相続人が表見相続人に当たるかどうかが、以下のように問題となります。

昭和22年改正前民法との関係

884条の規定は、昭和22年法律第222号による改正前民法(以下「旧法」といいます。)の規定をそのまま引き継いだものですが、家督相続制度を相続制度の中心に据えていた旧法下の相続回復請求制度を、現行民法における共同相続制度下においても、同様に論じてよいのかが問題となりました。
すなわち、家督相続においては、真正相続人は一人しかいないため、相続回復請求権の相手方となるのは、「相続権を有しない者」となります。したがって、相続回復請求権の争いは、真正相続人と表見相続人との間における相続権の帰属をめぐる争いにほかならず、相続権の争いを早期に収束させるという相続回復請求制度の趣旨が妥当していたものといえます。しかし、現行民法の共同相続における共同相続人は、「相続権を有する者」であるため、相続回復請求権の相手方となるかどうかが問題となります。
この点につき、本判決は、昭和22年改正前民法下においても、相続回復請求権の消滅時効を定めた規定が「遺産相続人相互間における争いにも適用があるとの解釈のもとに運用されていた」こと、昭和22年の民法改正の際に「共同相続人相互間の争いについては民法884条の適用を除外する旨の規定が設けられなかった」ことを指摘した上で、「共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続分をこえる部分について、当該部分についての他の共同相続人の相続分を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合は、右の本来の相続持分をこえる部分に関する限り、共同相続人でない者が相続人であると主張して共同相続人の相続財産を占有管理してこれを侵害している場合と理論上なんら異なることがない」こと等を理由として、共同相続人相互間の相続権侵害の排除を求める請求についても、民法884条が適用されることを明らかにしました。

民法907条との関係

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(899条)。
民法907条は、各共同相続人が、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができ(907条1項)、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、遺産の分割を家庭裁判所に請求することができる旨を定めています(907条2項本文)。
すなわち、共同相続制度のもとにおいては、遺産の分割によって、公平な遺産分配が行われることが想定されているといえるところ、民法884条が定める消滅時効の制度は、このような公平な遺産分配を妨げるおそれがあるのではないかが問題となります。
この点については、本判決は、民法907条は「共同相続人のうちの一人又は数人による持分をこえる部分の排他的占有管理がその侵害を構成するものであることを否定するものではない」、「遺産の共有状態が崩壊したのちにおいてもその共有状態がなお存続するとの前提で遺産の分割をすべき旨をも定めていると解すべき」と判示しています。

共同相続人の相続持分権の侵害

本判決は、共同相続人相互間の相続権侵害の排除を求める請求について民法884条が適用されることを肯定するものの、その適用範囲をできる限り限定しています。
すなわち、本判決によれば、「共同相続人のうちの一人若しくは数人が、他に共同相続人がいること、ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、又はその部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由(たとえば、戸籍上はその者が唯一の相続人であり、かつ、他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないことなど)があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず、したがつて、その一人又は数人は右のように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではない」とされています。