事案の概要

上告人Xは、昭和42年5月8日、被上告人B5との間で、B5が、工事代金2900万円、その3割は前払、残金は出来高払の約定で、Xの注文した本件建物新築及び改築工事を請け負うことを骨子とする本件請負契約を締結し、同日、被上告人B1、同B2、同B3、同B4は、Xに対し、B5が本件請負契約に基づき負担する債務につき、連帯保証をした。
Xは、B5に対し、工事代金の前払いとして同年8月7日までに金937万9500円を支払ったが、B5は、同月中旬に至り資金難から工事の続行が困難な状態になったため、同月24日、Xとの間において本件請負契約を合意の上解除するとともに、同日までの本件工事の既済部分の出来高を金400万円と評価し、前記前払金額からこの評価額を控除した額をXに支払う旨を約した。

Xは、Bらに対し、前払金937万9500円から出来高評価額400万円を控除した537万9500円等の支払を求めて訴えを提起した。

原審は、B1、B2、B4、B5に対する請求につき、「合意解除は、既存の契約関係を消滅させて契約がなかったと同一の効果を生じさせんとする新な契約であって、合意解除の際の特約によってその一方が負担するに至った原状回復義務は、既存の契約上の債務とは別の、右解除契約(合意解除)によって新に発生した債務であるから、右合意に基き解除された契約の従前の保証人は、右解除契約の際の新な特約によらない限り、右合意解除に基く原状回復義務についての保証責任はないものというべきである(なお、一審原告が引用する最高裁判所の判例は、本件と事案を異にするものであって、本件の如き請負契約に関する合意解除の場合には右判例の理論は適用ないものと解する。)したがつて、右合意解除の際の新な保証契約を主張することなく、単に従前の保証契約を前提とする一審原告の前記請求は、主張自体において理由がないものといわなければならない。」として、棄却した。

本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和47年3月23日第一小法廷判決

 請負契約が注文主と請負人との間において合意解除され、その際請負人が注文主に対し既に受領した前払金を返還することを約したとしても、請負人の保証人が、当然に、右債務につきその責に任ずべきものではない。けだし、そうでないとすれば、保証人の関知しない合意解除の当事者の意思によって、保証人に過大な責任を負担させる結果になるおそれがあり、必ずしも保証人の意思にそうものではないからである。しかしながら、工事代金の前払を受ける請負人のための保証は、特段の事情の存しないかぎり、請負人の債務不履行に基づき請負契約が解除権の行使によって解除された結果請負人の負担することあるべき前払金返還債務についても、少なくとも請負契約上前払すべきものと定められた金額の限度においては、保証する趣旨でなされるものと解しえられるのであるから(最高裁昭和三八年(オ)第一二九四号昭和四〇年六月三〇日大法廷判決民集一九巻四号一一四三頁参照)、請負契約が合意解除され、その際請負人が注文主に対し、請負契約上前払すべきものと定められた金額の範囲内において、前払金返還債務を負担することを約した場合においても、右合意解除が請負人の債務不履行に基づくものであり、かつ、右約定の債務が実質的にみて解除権の行使による解除によって負担すべき請負人の前払金返還債務より重いものではないと認められるときは、請負人の保証人は、特段の事情の存しないかぎり、右約定の債務についても、その責に任ずべきものと解するのを相当とする。けだし、このような場合においては、保証人の責任が過大に失することがなく、また保証人の通常の意思に反するものでもないからである。
 本件についてこれをみるに、本件合意解除は請負人である被上告人有限会社B5建設の債務不履行に基づくものというべきであり、また請負契約上工事代金の三割である八七〇万円は前払されることが定められているのであるから、本件工事の既済工事部分の出来高についての評価額が、適正なものであるとするならば、請負人が本件約定により注文主に対し負担するに至った前払金五三七万九五〇〇円の返還債務は、実質的にみて、請負人の債務不履行に基づく解除権の行使により請負人の負担すべき前払金返還債務の範囲内のものと認めることができ、したがって請負人の保証人である同被上告人を除くその余の被上告人らにおいてその責に任ずべきはずのものである。上告人の原審における主張は、必ずしも明確ではないが、上告人は原審において本件合意解除が被上告人有限会社B5建設の債務不履行に基づくものであり、同被上告人を除くその余の被上告人らが被上告人有限会社B5建設の負担する前示前払金返還債務につき保証人としてその責に任ずべきである旨の主張をしているのであるから、原審はよろしく釈明権を行使して、上告人が前示の趣旨において前記前払金返還債務をもつて右保証債務の範囲に属するものと主張するか否かを明らかにすべきであつたというべきである。原審がこの点につき思いを致すことなく、たやすく、上告人の被上告人有限会社B1組、同B2、同B3、同B4に対する本訴請求のうち、前示前払金返還債務に関する保証債務金五三七万九五〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求する部分を棄却すべきものとしたことには、釈明権不行使ひいては審理不尽の違法があり、論旨は、この限度において理由があるが、これをこえる部分については理由がないといわなければならない。

前提知識と簡単な解説

保証債務の範囲

保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負います(民法446条)。保証債務の範囲については、特約がない場合、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものが含まれることとなります(民法447条1項)。

解除権行使の効果

当事者の一方が解除権を行使したときは、各当事者はその相手方を原状に復させる義務(原状回復義務)を負います(民法545条1項本文)。

原状回復義務と保証人の責任

解除による原状回復義務の性質は不当利得返還義務であり、本来の債務とは別個独立の法律上の債務であると考えられることから、当初は、判例は、特約がない限り、保証人は原状回復義務を履行する責任を負わないと解していました(大審院大正6年10月27日判決)。

しかし、その後、最高裁は、従来の判例を変更し、本来の債務と同一か、別個独立の債務かという点によって決せられるのではなく、保証契約における当事者の意思を基準として、保証人がその責任を負うかどうかを判断すべきものとし、「「特定物の売買における売主のための保証においては、通常、その契約から直接に生ずる売主の債務につき保証人が自ら履行の責に任ずるというよりも、むしろ、売主の債務不履行に基因して売主が買主に対し負担することあるべき債務につき責に任ずる趣旨でなされるものと解するのが相当であるから、保証人は、債務不履行により売主が買主に対し負担する損害賠償義務についてはもちろん、特に反対の意思表示のないかぎり、売主の債務不履行により契約が解除された場合における原状回復義務についても保証の責に任ずるものと認めるのを相当とする」と判示していました(最高裁昭和40年6月30日大法廷判決)。

本判決は、上記大法廷判決を踏まえ、「請負契約が合意解除され、その際請負人が注文主に対し、請負契約上前払すべきものと定められた金額の範囲内において、前払金返還債務を負担することを約した場合においても、右合意解除が請負人の債務不履行に基づくものであり、かつ、右約定の債務が実質的にみて解除権の行使による解除によって負担すべき請負人の前払金返還債務より重いものではないと認められるときは、請負人の保証人は、特段の事情の存しないかぎり、右約定の債務についても、その責に任ずべきものと解する」と判示しました。