事案の概要
- 上告人Xは、平成5年12月1日、Dに対し、920万円を、うち300万円の弁済期を同月20日、うち620万円の弁済期を同月30日として貸し付けた。
- Dは、平成5年12月1日、右貸金債務の担保として、DがEに対して現に有し、若しくは将来取得する売掛代金債権全部を、右貸金債務の不履行を停止条件としてXに譲渡する旨約した(以下「本件債権譲渡契約」という。)。その際、XとDは、右停止条件が成就した場合には、あらかじめDから作成交付を受けた債権譲渡兼譲受通知書を、XがDとの連名でEに送付することに合意した。
- Dは、平成5年12月20日と21日に手形の不渡りを出して、銀行取引停止処分を受けるとともに、同月20日の弁済期にXに対して支払うべき前記貸金の返済を怠った。
- Xは、本件債権譲渡契約の停止条件が成就したことにより、DがEに対して有していた292万2102円の製本代金債権(以下「本件代金債権」という。)を譲り受けたとして、前記の合意に基づき、平成5年12月21日、Dとの連名による債権譲渡兼譲受通知書を内容証明郵便でEに発送し、右書面は、同月22日、Eに到達した(以下「本件譲渡通知」という。)。
- 被上告人Y2は、平成5年12月7日、Dに対し、100万円を貸し付け、被上告人Y1
は、同月10日、Dに対し、300万円を貸し付けた。本件代金債権については、DからEに対し、これをY2、Y1及びFにそれぞれ譲渡した旨の通知が発せられたが、右各通知はいずれも、本件譲渡通知より遅れてEに到達した。 - Eは、平成5年12月28日、本件代金債権の債権者を確知することができないとして、東京法務局に対し、右代金額292万2102円を供託した。
Xは、Yらに対し、供託金についてXが還付請求権を有することの確認を求めて訴訟を提起し、Yらは、反訴において、Xに対し、本件譲渡通知につき詐害行為による取消しを求めました。
原審の判断
原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判断して、Xの本訴請求を棄却し、Yらの反訴請求を認容すべきものとしました。1 債務者の責任財産の保全という詐害行為取消制度の趣旨からすると、詐害行為取消しの対象となるのは、債務者の法律行為に限定されることなく、責任財産を減少させる法律効果を伴う債務者の行為である限り、債権譲渡の通知、時効中断事由たる債務承認、追認等の準法律行為についても、民法424条の規定を準用すべきである。
2 債権譲渡における債務者に対する通知は、純然たる私法行為である上、債務者に対する関係では、債権者の変更を債務者に主張し得る必須の要件であって、これによって初めて当該債権が譲渡人の責任財産から確定的に逸出することになるものであり、第三者に対する関係での対抗要件の具備以上の機能を有しており、債権譲渡における通知と不動産譲渡における対抗要件具備行為たる登記とはその性質において異なるものがあるから、登記について詐害行為該当性が否定されるとしても、債権譲渡通知について詐害行為該当性を肯定する妨げとはならない。
3 XがDの委託に基づいて債権譲渡兼譲受通知書を郵送した平成5年12月21日の時点では、既にDは無資力の状態にあり、Dのみならず、Xにおいても、本件譲渡通知が他の債権者を害するものであることを認識していたと推認できるから、本件譲渡通知は詐害行為に当たる。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁平成10年6月12日第二小法廷判決
債務者が自己の第三者に対する債権を譲渡した場合において、債務者がこれについてした確定日付のある債権譲渡の通知は、詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。けだし、詐害行為取消権の対象となるのは、債務者の財産の減少を目的とする行為そのものであるところ、債権の譲渡行為とこれについての譲渡通知とはもとより別個の行為であって、後者は単にその時から初めて債権の移転を債務者その他の第三者に対抗し得る効果を生じさせるにすぎず、譲渡通知の時に右債権移転行為がされたこととなったり、債権移転の効果が生じたりするわけではなく、債権譲渡行為自体が詐害行為を構成しない場合には、これについてされた譲渡通知のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることは相当とはいい難いからである(大審院大正六年(オ)第五三八号同年一〇月三〇日判決・民録二三輯一六二四頁、最高裁昭和五四年(オ)第七三〇号同五五年一月二四日第一小法廷判決・民集三四巻一号一一〇頁参照)。
以上によれば、被上告人らが、本件債権譲渡契約締結後に取得したDに対する各貸金債権に基づいて、Dの上告人への本件代金債権の譲渡についてされた本件譲渡通知を対象として、詐害行為による取消しを求める反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。そして、前記事実関係によれば、上告人は、Dから本件代金債権の譲渡を受けるとともに、Yらに先立って対抗要件を具備したものであるから、第一審判決添付別紙目録(二)記載の供託金につき還付請求権を有することの確認を求める上告人の本訴請求は、理由があることが明らかである。
前提知識と簡単な解説
以下の解説において掲げる条文は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令の規定に従っています。債権譲渡
債権譲渡は譲渡人と譲受人間の無方式の合意によってその効力を生じますが、債権譲渡に関与しない債務者及び第三者を保護するため、民法467条1項は、債務者に通知し又は債務者の承諾がなければ、債務者その他の第三者に対抗することができないと規定し、民法467条2項は、確定日付ある証書をもってする通知又は承諾がなければ、債務者以外の第三者に対抗することができないと規定しています。詐害行為取消権
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができます(民法424条1項本文)。この債権者の権利を「詐害行為取消権」といいます。詐害行為取消権は、債務者の責任財産を保全するために、一般財産を減少させる債務者の行為の効力を否認して、債務者の一般財産から逸出したものを取り戻すことを目的とします。債権者取消権の被保全権利の成立時期
詐害行為取消権の被保全権利となる債権は、詐害行為以前に発生したものであることを要します(大審院大正6年1月22日判決、最高裁昭和33年2月21日第二小法廷判決)。詐害行為以後に発生した債権であれば、債権者は既に減少した債務者の財産を引当てとして債権関係を発生させたといえるので、債権者の期待した担保の利益が害されることはないと考えられるからです。
不動産物権変動における対抗要件具備行為と詐害行為取消権
不動産の譲渡行為は債権発生前にされたが、登記は債権発生後にされた場合に、詐害行為取消権の成否が問題となった事案において、判例は、「物権の譲渡行為とこれについての登記とはもとより別個の行為であって、後者は単にその時からはじめて物権の移転を第三者に対抗しうる効果を生ぜしめるにすぎず、登記の時に右物権移転行為がされたこととなったり、物権移転の効果が生じたりするわけのものではないし、また、物権移転行為自体が詐害行為を構成しない以上、これについてされた登記のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることも、相当とはいい難い」ことを理由として、詐害行為は成立しないとしていました(最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決)。債権譲渡の通知と詐害行為取消権
本件では、債権譲渡の通知と不動産物権変動における登記を同様に考えてよいかが問題となりました。原審は、債権譲渡の通知につき、「債権者の変更を債務者に主張し得る必須の要件となるものであって、これによってはじめて当該債権が譲渡人の責任財産から確定的に逸出することになる」、「登記と債権譲渡通知はその性質において異なる」から、詐害行為取消の対象となると判断しました。
これに対し、本判決は、不動産物権変動における登記と同様、「詐害行為取消権の対象となるのは、債務者の財産の減少を目的とする行為そのものであるところ、債権の譲渡行為とこれについての譲渡通知とはもとより別個の行為であって、後者は単にその時から初めて債権の移転を債務者その他の第三者に対抗し得る効果を生じさせるにすぎず、譲渡通知の時に右債権移転行為がされたこととなったり、債権移転の効果が生じたりするわけではなく、債権譲渡行為自体が詐害行為を構成しない場合には、これについてされた譲渡通知のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることは相当とはいい難い」とし、「債権譲渡の通知は、詐害行為取消権行使の対象とならない」と判断しました。