事案の概要
- 亡Aは亡Bの妻であり、X、Y及びCはいずれも亡Bと亡Aとの間の子である。Dは、Yの妻であって、亡B及び亡Aと養子縁組をしたものである。
- 亡Bは、平成20年12月に死亡した。亡Bの法定相続人は、亡A、X、Y、C及びDである。
- 亡A及びDは、亡Bの遺産についての遺産分割調停手続において、遺産分割が未了の間に、Yに対し、各自の相続分を譲渡し(以下、亡Aのした相続分の譲渡を「本件相続分譲渡」という。)、同手続から脱退した。
- 亡Aは、平成22年8月、その有する全財産をYに相続させる旨の公正証書遺言をした。
- 亡Bの遺産につき、X、Y及びCの間において、平成22年12月、遺産分割調停が成立し、これにより、Xは第1審判決別紙「亡Bの遺産目録」記載第1の6の土地及び同目録記載第2の4ないし8の建物を取得し、Yは同目録記載第1の5及び7ないし13の土地、同目録記載第2の2、3、9及び10の建物、同目録記載第4の現金及び預貯金並びに同目録記載第5のその他の財産を取得し、Cは同目録記載第1の1ないし4の土地及び同目録記載第2の1の建物を取得した。
- 亡Aは、平成26年7月に死亡した。その法定相続人は、X、Y、C及びDである。
- 亡Aは、その相続開始時において、約35万円の預金債権を有していたほか、約36万円の未払介護施設利用料債務を負っていた。
- Xは、平成26年11月、Yに対し、亡Aの相続に関して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
原審は、(1) 相続分の譲渡による相続財産の持分の移転は、遺産分割が終了するまでの暫定的なものであり、最終的に遺産分割が確定すれば、その遡及効によって、相続分の譲受人は相続開始時に遡って被相続人から直接財産を取得したことになるから、譲渡人から譲受人に相続財産の贈与があったとは観念できないこと、(2) 相続分の譲渡は必ずしも譲受人に経済的利益をもたらすものとはいえず、譲渡に係る相続分に経済的利益があるか否かは当該相続分の積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定しなければ判明しないものであることを理由として、相続分譲渡は、その価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与には当たらない、と判断しました。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁平成30年10月19日第二小法廷判決
- 共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは,積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し,相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。
そして,相続分の譲渡を受けた共同相続人は,従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割手続等に加わり,当該遺産分割手続等において,他の共同相続人に対し,従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分との合計に相当する価額の相続財産の分配を求めることができることとなる。
このように,相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,譲渡人から譲受人に対し経済的利益を合意によって移転するものということができる。遺産の分割が相続開始の時に遡ってその効力を生ずる(民法909条本文)とされていることは,以上のように解することの妨げとなるものではない。
したがって,共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,上記譲渡をした者の相続において,民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。
前提知識と簡単な解説
共同相続の効力について
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されており(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)、「遺産共有」と呼ばれています。
各共同相続人は、遺産共有を解消するために、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができ(民法907条1項)、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、遺産の分割を家庭裁判所に請求することができます(民法907条2項本文)。
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生じますが(民法909条本文)、第三者の権利を害することはできません(民法909条ただし書)。
相続分について
民法は、同順位の相続人が数人ある場合の相続分を定めていますが(民法900条、民法901条。「法定相続分」といいます。)、被相続人が遺言で相続分を定めていたとき又は相続分の指定を第三者に委託していたときは、これにより指定された相続分が法定相続分に優先します(民法902条。「指定相続分」といいます。)。
しかし、共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与(「特別受益」といいます。)を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とします(民法903条1項)。
相続分の譲渡について
民法上、相続分譲渡の要件及び効果を直接に定めた規定はありませんが、民法905条が「共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。」と規定していることから、民法は相続分の譲渡を許容していると解されます。
判例は、相続分について「積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分」であると解し、また、「遺産分割がされるまでの間は、共同相続人がそれぞれの持分割合により相続財産を共有することになるところ、上記相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずる」と判示しています。(最高裁平成13年7月10日第三小法廷判決)。
遺留分の算定
遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定します(民法1029条1項)。
民法887条2項(代襲者の相続権)、民法900条(法定相続分)、民法901条(代襲相続人の相続分)、民法903条及び民法904条(特別受益者の相続分)は、遺留分について準用するものとされています(民法1044条)。
このように民法903条が遺留分について準用されることにより、遺留分算定の基礎となる財産に特別受益が加算されて遺留分の額が算定されることとなります。
本判決の意義
本件では、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡が、民法903条1項に定める「贈与」に該当するかどうかが問題となりました。
本判決は、「共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,上記譲渡をした者の相続において,民法903条1項に規定する「贈与」に当たる」と判示しました。