「保険金受取人の指定のないときは、保険金を被保険者の相続人に支払う。」旨の条項は、被保険者が死亡した場合において、保険金請求権の帰属を明確にするため、「被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたもの」であり、「保険金受取人を相続人と指定したのとなんら異なるところがない」と判示しました。

事案の概要

  • Xは、昭和43年11月22日、訴外Aに対し、代金は月賦払いの約束にて、乗用自動車1台を売り渡した。
  • Aは、昭和44年1月16日、交通事故で死亡した。
  • Aが死亡した当時の自動車の残代金は約42万円であった。
  • Aの相続人であるBは、相続の限定承認をし、清算手続を行った。清算手続において、配当による弁済を行った結果、Xが有する債権は約39万円となった。
  • Aは生前、訴外保険会社との間に、自己を被保険者とする交通事故障害保険契約を締結していた。交通事故障害保険普通保険約款には、「当会社は、被保険者が第1条の傷害を被り、その直接の結果として、被害の日から180日以内に死亡したときは、保険金額の全額を保険金受取人もしくは保険金受取人の指定のないときは、被保険者の相続人に支払います。」との条項があった。
  • 当該保険約款の条項に従い、Aの相続人B(その後Bが死亡したため、Bの相続人であるYら)に対して、保険金約487万円が支払わることとなった。
  • Xは、保険契約において、保険金受取人の指定がなかったのであるから、Aの自己のための保険となり、保険金はAの相続財産であると主張した。

判決文(抜粋)

最高裁昭和48年6月29日第二小法廷判決
 「保険金受取人の指定のないときは、保険金を被保険者の相続人に支払う。」旨の条項は、被保険者が死亡した場合において、保険金請求権の帰属を明確にするため、被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解するのが相当であり、保険金受取人を相続人と指定したのとなんら異なるところがないというべきである。
 そして、保険金受取人を相続人と指定した保険契約は、特段の事情のないかぎり、被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者のための契約であり、その保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に相続人たるべき者の固有財産となり、被保険者の遺産から離脱したものと解すべきであることは、当裁判所の判例(昭和三六年(オ)第一〇二八号、同四〇年二月二日第三小法廷判決・民集第一九巻第一号一頁)とするところであるから、本件保険契約についても、保険金請求権は、被保険者の相続人である被上告人らの固有財産に属するものといわなければならない。

前提知識と簡単な解説

相続の効力と限定承認

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き(民法896条ただし書)、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。
このように民法は相続の開始の時から権利義務を承継すると規定しつつも、他方で、相続人の意思を尊重するため、相続人に対して、3ヶ月以内に、相続について単純承認、限定承認又は放棄の選択をすることを認めています(915条1項本文)。
相続人が限定承認を選択したときは、相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済することとなります(民法922条)。

保険金受取人を相続人と指定した保険契約の性質

判例によれば、保険金受取人を「被保険者の相続人」とする指定も有効であると解されており、この指定があるときは、被保険者死亡の時における相続人たるべき者のための保険契約とされています。そして、保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に相続人の固有財産となり、被保険者の遺産より離脱すると解されています(最高裁昭和40年2月2日第三小法廷判決)。

問題の所在

本件では、保険約款の条項を保険金受取人の指定と同視してよいか否かが問題となりました。すなわち、同約款には「保険金受取人の指定がないときは」と記載されていることに加え、「(保険者は)被保険者の相続人に支払います」という表現になっていたからです。
この点については、本判決は、「保険金請求権の帰属を明確にするため、被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解するのが相当であり、保険金受取人を相続人と指定したのとなんら異なるところがない」と判示しています。