本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和42年4月27日第一小法廷判決
 相続の放棄のような身分行為については、民法四二四条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいっても、また法律上の効果からいっても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によってこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。

前提知識と簡単な解説

相続の承認及び放棄について

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものとされています(民法896条本文)。
一方で、相続人は相続の承認又は放棄の選択をすることが認められており、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に(「熟慮期間」といいます。)、相続について承認又は放棄をすることができます(民法915条1項本文)。

相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(民法938条)。相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

詐害行為取消権について

詐害行為取消権は、債務者の責任財産を保全するため、一般財産を減少させる債務者の行為の効力を取り消して、債務者の一般財産から逸出した財産又は利益を取り戻すことを目的とする制度です(民法424条)。詐害行為取消権の要件は、①債務者が債権者を害する法律行為をしたこと(客観的要件)、②債務者及び受益者又は転得者が詐害の事実を知っていること(主観的要件)と規定されているほか(民法424条1項)、当該法律行為が財産権を目的とすることを要します(民法424条2項)。

本判決の位置付け

旧法下の遺産相続については専らかつ直接に財産を目的とする制度であるとして、相続放棄は詐害行為取消の対象となるという見解もありましたが(勝本正晃『債権総論中巻之三』)、大審院判例は、(1) 相続放棄は、既得財産の減少ではなく、財産の増加を妨げる行為に過ぎないこと、(2) 相続の承認のごときは他人の意思によって強制すべきではないこと、等の理由から、債権者取消権の対象とはならないと判示していました(大審院昭和10年7月13日判決)。
本判決は、上記大審院の立場を踏襲し、相続放棄が詐害行為取消権の対象とはならないとの見解を採用することを明らかにしています。