特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、特段の事情がない限り、遺産の分割の方法を定めた遺言であり、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時に直ちに遺産が相続人に相続により承継される、と判示しました。

事案の概要

  • Aは昭和61年4月3日死亡した。
  • Aの相続人は、Aの夫B、長女C、二女D、三女Eである。FはDの夫である。
  • Aは、第一審判決別紙物件目録記載の一ないし八の土地(ただし、八の土地については四分の一の共有持分)を所有していた。
  • Aは、(1) 昭和58年2月11日付け自筆証書により右三ないし六の土地について「D一家の相続とする」旨の遺言を、(2) 同月19日付け自筆証書により右一及び二の土地について「Dの相続とする」との遺言を、(3) 同59年7月1日付け自筆証書により右七の土地について「Fに譲る」との遺言を、(4) 同日付け自筆証書により右八の土地のAの持分四分の一について「Eに相続させて下さい」旨の遺言をそれぞれした。
  • D、E及びFは、その所有権(Eについては共有持分)を有することの確認を求めて、本件訴訟を提起した。

本判決の内容(抜粋)

最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決
 被相続人の遺産の承継関係に関する遺言については、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものであるところ、遺言者は、各相続人との関係にあっては、その者と各相続人との身分関係及び生活関係、各相続人の現在及び将来の生活状況及び資力その他の経済関係、特定の不動産その他の遺産についての特定の相続人のかかわりあいの関係等各般の事情を配慮して遺言をするのであるから、遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることにかんがみれば、遺言者の意思は、右の各般の事情を配慮して、当該遺産を当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない。そして、右の「相続させる」趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外ならない。したがって、右の「相続させる」趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。そしてその場合、遺産分割の協議又は審判においては、当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても、当該遺産については、右の協議又は審判を経る余地はないものというべきである。もっとも、そのような場合においても、当該特定の相続人はなお相続の放棄の自由を有するのであるから、その者が所定の相続の放棄をしたときは、さかのぼって当該遺産がその者に相続されなかったことになるのはもちろんであり、また、場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。

前提知識と簡単な解説

共同相続の効力について

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されており(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)、「遺産共有」と呼ばれています。
各共同相続人は、遺産共有を解消するために、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができ(民法907条1項)、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、遺産の分割を家庭裁判所に請求することができます(民法907条2項本文)。

遺言の効力

被相続人は、遺言で、共同相続人の相続分を指定すること(民法902条)、遺産の分割の方法を定めること(民法908条)、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分すること(民法964条。「遺贈」といいます。)ができます。
遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じます(民法985条1項)。

本判決の位置付け

「相続させる」趣旨の遺言の法的性質については、遺産分割方法の指定とみるか、遺贈とみるかのという問題がありました。また、遺産分割方法の指定と解するとしても、当該相続人が確定的な所有権を取得するためには、遺産分割協議又は審判が成立することを要するかという点で、見解の対立がありました。
本判決は、「相続させる」趣旨の遺言は、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺産分割方法を指定した遺言であると解しました。また、その遺言による遺産の承継は、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されると解しました。