事案の概要
- 抗告人X1~X3及び相手方Yは、いずれも甲と乙の間の子である。甲は平成2年1月2日に死亡し、乙は同年10月29日に死亡した。甲の法定相続人は乙、X1~X3及びYであり、乙の法定相続人はX1~X3及びYである。
- 本件において遺産分割の対象となる遺産は、甲が所有していた各土地(以下「本件各土地」という。)であり、その平成2年度の固定資産税評価額は合計707万7100円、第1審における鑑定の結果による平成15年2月7日時点の評価額は合計1149万円である。
- 甲及び乙の本件各土地以外の遺産については、X1~X3及びYとの間において,平成10年11月30日までに遺産分割協議及び遺産分割調停が成立し、これにより、Yは合計1387万8727円、X1は合計1199万6113円、X2は合計1221万4998円、X3は合計1441万7793円に相当する財産をそれぞれ取得した。なお、X1~X3及びYは、本件各土地の遺産分割の際に上記遺産分割の結果を考慮しないことを合意している。
- Yは、甲と乙のためにa市内の自宅を増築し、甲と乙を昭和56年6月ころからそれぞれ死亡するまでそこに住まわせ、認知症になっていた甲の介護を乙が行うのを手伝った。その間、X1~X3は、いずれも甲及び乙と同居していない。
- Yは、次の養老保険契約及び養老生命共済契約に係る死亡保険金等を受領した。
ア 保険者をD生命保険相互会社、保険契約者及び被保険者を乙、死亡保険金受取人をYとする養老保険(契約締結日平成2年3月1日)の死亡保険金500万2465円
イ 保険者をE生命保険相互会社、保険契約者及び被保険者を乙、死亡保険金受取人をYとする養老保険(契約締結日昭和39年10月31日)の死亡保険金73万7824円
ウ 共済者をa 市農業協同組合、共済契約者を甲、被共済者を乙、共済金受取人を甲とする養老生命共済(契約締結日昭和51年7月5日)の死亡共済金等合計219万4768円(入院共済金13万4000円,死亡共済金206万0768円) - X1~X3は,上記死亡保険金等が民法903条1項のいわゆる特別受益に該当すると主張した。
原審は、前記死亡保険金等については、民法903条1項に規定する遺贈又は生計の資本としての贈与に該当しないとして、死亡保険金等の額を被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に加えること(以下、この操作を「持戻し」といいます。)を否定した上、本件各土地を相手方の単独取得とし、相手方に対し抗告人ら各自に代償金各287万2500円の支払を命ずる旨の決定をしました。
本決定の内容(抜粋)
- 最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定
- 被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は,その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。また,死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから,実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第1136号同14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。したがって,上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも,上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は,被相続人が生前保険者に支払ったものであり,保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
これを本件についてみるに,前記2(5)ア及びイの死亡保険金については,その保険金の額,本件で遺産分割の対象となった本件各土地の評価額,前記の経緯からうかがわれる乙の遺産の総額,抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れた抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと,上記特段の事情があるとまではいえない。したがって,前記2(5)ア及びイの死亡保険金は,特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。
前提知識と簡単な解説
共同相続の効力について
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。
各共同相続人は、共有状態を解消するために、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができ(民法907条1項)、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、遺産の分割を家庭裁判所に請求することができます(民法907条2項本文)。
相続分について
民法は、同順位の相続人が数人ある場合の相続分を定めていますが(民法900条、民法901条。「法定相続分」といいます。)、被相続人が遺言で相続分を定めていたとき又は相続分の指定を第三者に委託していたときは、これにより指定された相続分が法定相続分に優先します(民法902条。「指定相続分」といいます。)。
しかし、共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とします(民法903条1項。「具体的相続分」といいます。)。
死亡保険金請求権と相続財産の関係
死亡保険金請求権は「保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱している」というのが判例の立場です(最高裁昭和40年2月2日第三小法廷判決)。
本決定の位置付け
死亡保険金請求権が特別受益として持戻しの対象となるか否かが議論されてきましたが、本決定は、原則として「民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらない」としつつも、「特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解する」という考え方を示しました。