本判決の内容(抜粋)

最高裁昭和44年11月30日第二小法廷判決

 原判決は、一般に債務超過の状態にある債務者が特定の債権者に対し、債務の弁済に代えて第三者に対する自己の債権を譲渡した場合には、譲渡された債権の額が右債権者に対する債務の額を超過するときにかぎり、その超過する額について右債権者が利益を得たものとして、その利益の取得行為の取消および他の一般債権者に対する右利益の返還が問題となりうるのであって、若し右債権者が債務者から譲渡を受けた債権の額が債務者に対する自己の債権の額を超えない場合には、債権譲渡を受けることによって自己の債権も消滅し、したがってなんら利益を得たことにはならないのであるから、この場合には、その債権者が自己の債権について弁済を受けたにすぎない場合と同様に、債務者に詐害の意思の有無にかかわらず、詐害行為の成立が問題となる余地はないものと解すべきであるとし、且つ、本件はまさしくそのような場合にあたるとして、債務者の詐害の意思の有無について判断することなく、上告人らの請求をいずれも排斥した。
 しかしながら、原判決の右判断は、これを是認することができない。けだし、債務超過の状態にある債務者が、他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し、右債権者だけに優先的に債権の満足を得させる意図のもとに、債務の弁済に代えて第三者に対する自己の債権を譲渡したときは、たとえ譲渡された債権の額が右債権者に対する債務の額を超えない場合であっても、詐害行為として取消の対象になるものと解するのが相当だからである(大審院大正六年(オ)第一五三号同年六月七日判決・民録二三輯九三二頁、同大正八年(オ)第一九三号同年七月一一日判決・民録二五輯一三〇五頁、同昭和一五年(オ)第一一五六号同一六年二月一〇日判決・民集二〇巻七九頁、最高裁昭和二六年(オ)第七四四号同二九年四月二日第二小法廷判決・民集八巻四号七四五頁、同昭和三七年(オ)第一〇七号同三九年一一月一七日第三小法廷判決・民集一八巻九号一八五一頁参照)。
 したがって、原判決が、債務者の詐害の意思の有無についてなんら判断を示すことなく詐害行為の成立を否定し、上告人らの請求を排斥したのは、民法四二四条の解釈を誤り、ひいては審理不尽または理由不備の違法があるものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかであつて、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は、右の点についてさらに審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

前提知識と簡単な解説

以下の解説は、特に記載のない限り、本件当時に適用される法令の規定に従っています。

詐害行為取消権

債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができます(民法424条1項本文)。この債権者の権利を「詐害行為取消権」といいます。詐害行為取消権は、債務者の責任財産を保全するために、一般財産を減少させる債務者の行為の効力を否認して、債務者の一般財産から逸出したものを取り戻すことを目的とします。

代物弁済について

代物弁済とは、本来の給付に代えて他の給付をすることにより債権を消滅させる債権者と弁済者との契約であり、その給付は弁済と同一の効力を有します(民法482条)。

弁済、代物弁済の詐害行為該当性

判例は、弁済の詐害行為該当性につき、「債権者が、弁済期の到来した債務の弁済を求めることは、債権者の当然の権利行使であって、他に債権者あるの故でその権利行使を阻害されるいわれはない。また債務者も債務の本旨に従い履行を為すべき義務を負うものであるから、他に債権者あるの故で、弁済を拒絶することのできないのも、いうをまたないところである。そして債権者平等分配の原則は、破産宣告をまって始めて生ずるものであるから、債務超過の状況にあって一債権者に弁済することが他の債権者の共同担保を減少する場合においても、右弁済は、原則として詐害行為とならず、唯、債務者が一債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもつて弁済したような場合にのみ詐害行為となるにすぎない」と判示していました(最高裁昭和33年9月26日第二小法廷判決)。
そして、代物弁済については、代物弁済は債務の本旨に従う履行ではなく債務者がこれをするか否かは自由であることから、「債務者ニ於テ債権者ヲ害スルコトヲ知リテ代物弁済ヲ為シ且ツ之ニ依リ債権者ノ一般担保ヲ減少スルニ於テハ詐害行為ヲ構成」すると判示していました(大審院大正8年7月11日判決)。

これに対して、学説における通説的見解は、債務の弁済は、積極財産の減少と同時に消極財産の減少となり、全体としては債務者の資力に増減を生じないことから、常に詐害行為とならないと解し、相当な価格または債権額をもってされた代物弁済についても、同様の理由から、詐害行為とならないと解していました(於保不二雄『債権総論(新版)』)。
また、本件の原判決も、上記学説の立場に立ち、「債権者が債務者から譲渡を受けた債権の価額が自己の債権額を超えない場合には、債権者は、債権譲渡を受けることによって自己の債権も消滅し、従ってなんら利益を得たことにはならないのであるから、この場合には、特定の債権者が自己の債権について弁済を受けたに過ぎない場合と同様に、詐害行為の成立が問題となる余地はない」と判示していました(東京高裁昭和47年11月30日判決)。

以上のような議論のある状況下において、本判決は、「債務超過の状態にある債務者が、他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し、右債権者だけに優先的に債権の満足を得させる意図のもとに、債務の弁済に代えて第三者に対する自己の債権を譲渡したときは、たとえ譲渡された債権の額が右債権者に対する債務の額を超えない場合であっても、詐害行為として取消の対象になる」と判示し、従来の判例の立場を踏襲することを明らかにしました。

平成29年民法(債権関係)改正について

平成29年民法(債権関係)改正により、弁済等の債務消滅行為については、原則として詐害行為に該当せず、例外的に、(1) その行為が、債務者が支払不能の時に行われたものであり、かつ、(2) その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものである場合には、詐害行為取消請求をすることができるものとされています(改正民法424条の3第1項)。なお、債務消滅行為が、債務者の義務に属せず、又はその時期が債務者の義務に属しないものである場合には、上記(1)の要件が緩和され、(1)’ その行為が、債務者の支払不能になる前30日以内に行われたものであり、かつ、(2) その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものである場合に、詐害行為取消請求をすることができるものとされています(改正民法424条の3第2項)。

対価的均衡のとれた代物弁済については、上記改正民法424条の3に定める要件を満たした場合に限り、詐害行為取消請求の対象となりますが、過大な代物弁済については、改正民法424条に規定する要件に該当するときは、改正民法424条の3に定める要件を満たさない場合であっても、消滅した債務の額に相当する部分以外の部分について、詐害行為取消請求をすることができるものとされています(改正民法424条の4)。