事案の概要

  • XらとY1は、Aとその妻B(昭和39年6月18日死亡)の子であり、Y2は、Y1の子である。
  • Aは、本件物件1ないし11を所有していたが、昭和51年11月、本件物件1をY2に、本件物件2をY1に、それぞれ贈与した。
  • Aは、昭和51年11月18日本件物件3、5ないし11の持分4分の1をC(Y1の妻)に贈与し、次いで昭和52年1月18日右各物件の残り持分につきY1、Y2及びCにそれぞれ持分4分の1ずつ贈与した。
  • Aは、本件物件4をY1に相続させる旨の遺言をした。
  • Cは昭和55年10月30日死亡し、本件物件3、5ないし11のCの持分4分の2は、Y2が相続により取得した。
  • Aは平成2年1月24日死亡した。
  • Aの相続人は、XらとY1を含む12名の子と3名の代襲相続人である。
  • Xらは、Yらに対し、平成2年12月19日遺留分減殺請求の意思表示をした。

Yらは、本件訴訟において、短期時効取得を主張したところ、原審は、第一審判決を引用し、(1) Xらの遺留分を侵害することを知って本件物件の贈与を受けたものであるから、占有の始めに善意思無過失であったとはいえない、(2) また、仮に被告らが本件物件を時効により原始取得する余地があるとしても、これによって遺留分侵害の事実とその認識という遺留分減殺請求を基礎づける事情が被告らから払拭されるわけではなく、遺留分権利者から請求を受ける立場にあることに変わりはない、として、Yらに時効取得は認められないと判示しました。

本判決の内容(抜粋)

最高裁平成11年6月24日第一小法廷判決
 被相続人がした贈与が遺留分減殺の対象としての要件を満たす場合には、遺留分権利者の減殺請求により、贈与は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者が取得した権利は右の限度で当然に右遺留分権利者に帰属するに至るものであり(最高裁昭和四〇年(オ)第一〇八四号同四一年七月一四日第一小法廷判決・民集二〇巻六号一一八三頁、最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁)、受贈者が、右贈与に基づいて目的物の占有を取得し、民法一六二条所定の期間、平穏かつ公然にこれを継続し、取得時効を援用したとしても、それによって、遺留分権利者への権利の帰属が妨げられるものではないと解するのが相当である。けだし、民法は、遺留分減殺によって法的安定が害されることに対し一定の配慮をしながら(一〇三〇条前段、一〇三五条、一〇四二条等)、遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与については、それが減殺請求の何年前にされたものであるかを問わず、減殺の対象となるものとしていること、前記のような占有を継続した受贈者が贈与の目的物を時効取得し、減殺請求によっても受贈者が取得した権利が遺留分権利者に帰属することがないとするならば、遺留分を侵害する贈与がされてから被相続人が死亡するまでに時効期間が経過した場合には、遺留分権利者は、取得時効を中断する法的手段のないまま、遺留分に相当する権利を取得できない結果となることなどにかんがみると、遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与の受贈者は、減殺請求がされれば、贈与から減殺請求までに時効期間が経過したとしても、自己が取得した権利が遺留分を侵害する限度で遺留分権利者に帰属することを容認すべきであるとするのが、民法の趣旨であると解されるからである。

前提知識と簡単な解説

遺留分

遺留分とは、一定の相続人のために留保されなければならない遺産の一定割合をいいます。遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定します(民法1029条1項)。
贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、その価額を算入しますが(民法1030条前段)、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、1年前の日より前にした贈与についても、その価額を算入します(民法1030条後段)。また、民法903条1項の定める相続人に対する贈与は、贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるとされています(最高裁平成10年3月24日第三小法廷判決)。

遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び1030条に規定する贈与の減殺を請求することができます(民法1031条)。

取得時効

20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ公然と他人の物を占有した者は、所有権を取得します(民法162条1項)。10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、所有権を取得します(民法162条2項)。
条文上は、「他人の物を」と規定されていますが、判例は、「所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法一六二条の適用がある」としています(最高裁昭和42年7月21日第二小法廷判決)。

本判決の意義

時効取得は、一般的には原始取得であると考えられていることからすれば、取得時効が成立した場合、減殺の対象となる「贈与」が存在しないこととなり、理論上、遺留分減殺請求権が認められないと解する余地が生じるようにも考えられます。
この点について、本判決は、(1) 民法が、遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与については、それが減殺請求の何年前にされたものであるかを問わず、減殺の対象となるものとしていること、(2) 減殺請求によっても受贈者が取得した権利が遺留分権利者に帰属することがないとするならば、遺留分を侵害する贈与がされてから被相続人が死亡するまでに時効期間が経過した場合には、遺留分権利者は、取得時効を中断する法的手段のないまま、遺留分に相当する権利を取得できない結果となることから、「遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与の受贈者は、減殺請求がされれば、贈与から減殺請求までに時効期間が経過したとしても、自己が取得した権利が遺留分を侵害する限度で遺留分権利者に帰属することを容認すべきであるとするのが、民法の趣旨である」とし、「取得時効を援用したとしても、それによって、遺留分権利者への権利の帰属が妨げられるものではない」と判示しました。