民法第509条
次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。
一 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
二 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く。)
平成29年改正前民法第509条
債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。

条文の趣旨と解説

平成29年改正前民法509条は、不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺を禁止していました。
この規定の趣旨は、(1)不法行為の被害者に現実の弁済による損害の填補を受けさせること、(2)不法行為の誘発を防止すること、にあると解されていました(最高裁昭和42年11月30日第一小法廷判決)。

しかし、改正前民法に対しては、相殺禁止の範囲が広すぎると批判がされていました。
すなわち、前記(1)の趣旨については、財産上の損害である場合には必ずしも妥当せず、また(2)についても、故意による不法行為の場合だけを禁止すれば足りると考えられるからです。

そこで、改正民法は、悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務及び人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務に限定して、相殺を禁止することとしています(本条本文)。
なお、これらの損害賠償債権を他人から取得した場合には、相殺禁止の趣旨が当てはまらないことから、相殺禁止の対象とはならないものとしています(本条ただし書)。

条文の位置付け