本判決の内容(抜粋)

最高裁平成10年3月24日第三小法廷判決
 さらに、職権をもって検討すると、民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は、右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。けだし、民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は、すべて民法一〇四四条、九〇三条の規定により遺留分算定の基礎となる財産に含まれるところ、右贈与のうち民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものが遺留分減殺の対象とならないとすると、遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず、減殺の対象となるべき遺贈、贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが、このことは遺留分制度の趣旨を没却するものというべきであるからである。本件についてこれをみると、相続人である被上告人B1に対する4の土地並びに2及び5の土地の持分各四分の一の贈与は、格別の事情の主張立証もない本件においては、民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与に当たるものと推定されるところ、右各土地に対する減殺請求を認めることが同被上告人に酷であるなどの特段の事情の存在を認定することなく、直ちに右各土地が遺留分減殺の対象にならないことが明らかであるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。よって、原判決のうち上告人らの被上告人B1に対する本訴事件に関する部分は、この点からも破棄を免れない。

前提知識と簡単な解説

民法903条の特別受益について

民法は、同順位の相続人が数人ある場合の相続分を定めていますが(民法900条民法901条。「法定相続分」といいます。)、被相続人が遺言で相続分を定めていたとき又は相続分の指定を第三者に委託していたときは、これにより指定された相続分が法定相続分に優先します(民法902条。「指定相続分」といいます。)。
しかし、共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与(「特別受益」といいます。)を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とします(民法903条1項)。

遺留分の算定

遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定します(民法1029条1項)。
贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、その価額を算入しますが(民法1030条前段)、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、1年前の日より前にした贈与についても、その価額を算入します(民法1030条後段

遺留分についての代襲相続及び相続分の規定の準用

民法887条2項(代襲者の相続権)、民法900条(法定相続分)、民法901条(代襲相続人の相続分)、民法903条及び民法904条(特別受益者の相続分)は、遺留分について準用するものとされています(民法1044条)。

本判決の意義

本件では、民法903条に定める特別受益に当たる生前贈与が、相続開始前の1年以上前のものであり、かつ当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知らなかった場合であっても、遺留分減殺の対象となるかどうかが問題となりました。
原審は、資産が減少するおそれがあるような事情がうかがわれないこと等から、損害を加えることを知って行われたものであるということはできないと判断し、遺留分減殺の対象とならないと判示しました。
これに対して本判決は、「贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解する」と判示しました。

追記:平成30年民法改正について

平成30年民法(相続関係)改正により、相続人に対する贈与は、原則として、相続開始前の10年間にしたものに限り、その価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限ります。)を、遺留分を算定するための財産の価額に算入することとされました(民法1044条の解説を参照)。