相続人が数人ある場合、相続開始から遺産分割までの間に、遺産に係る不動産から生ずる賃料債権は、誰に帰属するかが、問題となりました。

判決の示した結論

相続開始から遺産分割までの間に、遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる賃料債権は、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得すると判示しました。

事案の概要

(1) 被相続人は平成8年に死亡し、その法定相続人は4人でした。
(2) 被相続人の遺産には、不動産がありました(「本件不動産」といいます。)
(3) 相続人らは、不動産から生ずる賃料、管理費等について、遺産分割により本件各不動産の帰属が確定した時点で清算することとし、それまでの期間に支払われる賃料等を管理するための銀行口座(「本件口座」といいます。)を開設し、本件各不動産の賃借人らに賃料を本件口座に振り込ませ、またその管理費等を本件口座から支出してきました。
(4) 平成12年、本件各不動産につき遺産分割をする旨の決定が確定しました。
(5) 本件口座の残金の精算方法について、相続人らの間に紛争が生じました。すなわち、被上告人は、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして分配額を算定すべきと主張し、上告人らは、本件各不動産から生じた賃料債権は、本件遺産分割決定確定の日までは法定相続分に従って各相続人に帰属し、本件遺産分割決定確定の日の翌日から本件各不動産を取得した各相続人に帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張しました。

判決文の抜粋

最高裁平成17年9月8日第一小法廷判決(抜粋)
遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。

前提知識と簡単な解説

遺産分割について

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されており(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)、「遺産共有」と呼ばれています。
各共同相続人は、遺産共有を解消するために、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができ(907条1項)、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、遺産の分割を家庭裁判所に請求することができます(907条2項本文)。
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生じますが(909条本文)、第三者の権利を害することはできないものとされています(909条ただし書)。

法定果実について

物の使用の対価として受け取るべき金銭その他の物は「法定果実」と定義され(88条2項)、法定果実は、収取する権利の存続期間に応じて、日割り計算により取得するものとされています(89条2項)。
賃料は法定果実に該当すると考えられています(大審院大正14年1月20日判決)。
遺産が遺産共有状態にあるときは、遺産は、共同相続人がその相続分に応じて使用及び管理をすべきものであることから(249条252条)、遺産から生じる果実は、各共同相続人がその相続分に応じて取得するものと考えられます。

可分債権について

債権を複数人で有する場合については共有に関する規定が準用されますが(264条本文。「準共有」といいます。)、法令に特別の定めがあるときは、共有に関する規定は適用されないものとされています(264条ただし書)。
他方で、民法は、可分給付について数人の債権者又は債務者がある場合、原則として、それぞれ等しい割合において分割された債権を有し、義務を負うものとしています(427条)。したがって、可分債権に関しては、427条の規定が264条ただし書の「法令に特別の定め」に当たり、ゆえに、可分債権が複数の者に帰属する場合には、準共有するのではなく、当然に分割されるものと考えられます。
そこで、相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解されています(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決)。

遡及効について

以上を前提とすると、遺産である不動産から生ずる賃料債権については、可分債権として、当然に分割されて、各共同相続人がその相続分に応じて、分割単独債権として取得するものと考えられます。
もっとも、民法909条本文が、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるとしていることから(遡及効)、賃料債権の帰属についても、遡及効を受けるかどうかが問題となります。
一つの考え方としては、遺産分割により遺産を取得した相続人は、相続開始の時から所有権を承継したことになり、相続開始の時から法定果実を取得することができるという考え方もあります(第1審及び原審)。
これに対して、本判決は「遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けない」と判示しました。
最高裁判所判例解説によれば、遡及効を否定する理由として、(1) 遡及効は、被相続人から直接遺産を承継したこととする法技術にすぎず、遺産分割前の遺産共有の事実を否定するものではない、(2) 遡及効を認めると、それまで共有持分に応じて使用・管理してきた遺産からの収益を、その後に行われた遺産分割によって当該遺産を取得した相続人が丸取りすることとなり、不公平、不合理な結果をもたらす、(3) 遡及効を認めると、分割単独債権として取得した権利関係を覆滅させることとなり、法的安定性を害する、などが挙げられています。