事案の概要
第一審の判決によれば、事案の概要は以下のとおりです。- 昭和42年11月30日、Aは、所有していた土地を、B及びCに対し、代金604万6000円(その支払方法は、同月に金100万円、昭和43年5月31日に金250万円、同年11月11月30日に金254万6000円の分割払とする。)で売り渡し、その代金完済と引換えに本件土地の所有権移転登記手続をすることを約し、同日、B及びCから金100万円を受領した。
- Aは、昭和43年4月6日死亡し、同人の子であるXら及びYが共同相続した。
- 昭和45年10月上旬、B及びCは、Xら及びYに対し、残代金を支払うから所有権移転登記手続に必要な委任状等の書類を送付するよう催告した。
- Xらは、これに応じ、B及びCに対し、当該書類を送付した。
- しかし、Yのみは、これに応じなかった。
B及びCは、Yに対し、Yの相続分に応じた残代金を支払うのと引換えに、本件土地所有権につき共有持分の移転登記手続を求めることができるにもかかわらず、B及びCは、この権利を行使しませんでした。
そこで、Xらは、B及びCに対する自己の代金債権を保全するため、B及びCのYに対する所有権移転登記手続請求権を代位行使すると主張して、Yに対し、B及びCから上記残代金の支払いを受けるのと引き換えに本件土地の所有権移転登記手続をすることを求めて、本訴を提起しました。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁昭和50年3月6日第一小法廷判決
被相続人が生前に土地を売却し、買主に対する所有権移転登記義務を負担していた場合に、数人の共同相続人がその義務を相続したときは、買主は、共同相続人の全員が登記義務の履行を提供しないかぎり、代金全額の支払を拒絶することができるものと解すべく、したがつて、共同相続人の一人が右登記義務の履行を拒絶しているときは、買主は、登記義務の履行を提供して自己の相続した代金債権の弁済を求める他の相続人に対しても代金支払を拒絶することができるものと解すべきである。そして、この場合、相続人は、右同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため、債務者たる買主の資力の有無を問わず、民法四二三条一項本文により、買主に代位して、登記に応じない相続人に対する買主の所有権移転登記手続請求権を行使することができるものと解するのが相当である。
前提知識と簡単な解説
以下の解説では、民法の規定については、特に記載のない限り、平成29年民法(債権関係)改正前のものを指します。共同相続の効力について
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き(民法896条ただし書)、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されています(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)。
共同相続の場合の債権及び債務
数人で所有権以外の財産権を有する場合については、法令に特別の定めがあるときを除き、「準共有」として、共有に関する規定が準用されます(民法264条)。しかし、債権及び債務については、多数当事者の債権及び債務に関する民法427条以下の規定が、民法264条にいう「特別の定め」に当たると解されています。多数当事者の債権及び債務については、民法は、原則として、各債権者又は各債務者が、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負うものとされています(民法427条)。この例外として、不可分給付について数人の債務者があるときは、不可分債務として、債権者は、その債務者の一人に対し、又は同時に若しくは順次に全ての債務者に対し、全部又は一部の履行を請求することができるとされています(民法430条において準用する民法432条)。
本件においても、共同相続人各自の買主に対する所有権移転登記義務は不可分債務となると考えられます。
同時履行の抗弁権
当事者双方が互いに対価的な意義を有する債務を負担する双務契約において、自己の債務を履行せずに、相手の債務のみの履行を請求することは、公平に反すると考えられます。そこで、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことが認められています(民法533条本文)。本件においては、買主の代金支払債務は可分であり、当然に相続分に応じて分割されることになることから、共同相続人の一部の者が登記義務の履行をしない場合に、買主は、代金全額の支払いを拒むことができるかが問題となります。
この点について、本判決は、「買主は、共同相続人の全員が登記義務の履行をしないかぎり、代金全額の支払いを拒絶することができる」と解しました。したがって、本件では、登記義務が履行されない限り、Xらの代金債権は満足を受けられなくなるという状況にあるといえます。
債権者代位権
債権者代位権は、債務者が一般財産の減少を放置する場合に、債権者が代わってその減少を防止する措置を講じる制度であり、債権者は自己の債権を保全するために債務者に属する権利を行使することができます(民法423条1項本文)。特定債権保全のための債権者代位権の行使
債権者代位権は、本来は債務者がその一般財産の減少するのを放置する場合に債権者が債務者に代わって減少するのを防止するという責任財産保全のための制度ですが、改正前民法下における判例は、特定債権を保全するため、不動産登記請求権を被保全債権とする不動産登記請求権の代位行使を認めていました(大審院明治43年7月6日第二民事部判決)。この場合には、債務者の無資力を要件としないで債権者代位権の行使が認められます。