もう何年も前のことになるが、一人旅をして岩手を訪ねたことがある。三月頃だった。冬の間に積もった雪もすっかり解け、寂しげな黄土色の土地が茫々と広がっていた。タタンタタンと揺れながら走る鈍行電車に、私以外の乗客はほとんどいない。電車で移動しようとする人は多くないのだろう。私は貧乏旅行をしようと決めていたから、東北新幹線ではなく、鈍行電車に乗って、ゆっくりと流れる遠くの山を眺めていた。童謡『ふるさと』にしっくりと馴染む風景だった。

今日は、そごう横浜店で開催されている宮沢賢治の美術展に行ってきた。
宮沢賢治は岩手で育ち、岩手に理想郷「イーハトーヴ」の現出に尽力した作家である。

私は高校生の頃に、宮沢賢治と自分の誕生日が同じ日であることを発見し、親近感を覚えて、宮沢賢治の作品に読みあさったことがある。宮沢賢治の作品を知るうちに、『銀河鉄道の夜』に代表される神秘的な童話のような作品から、仏教の世界観に基づく小説、詩集『春と修羅』など、その世界と表現の幅広さに素直に驚いた。

昨年は東日本大震災という未曾有の天災が起こったこともあり、にわかに宮沢賢治の『雨ニモマケズ』という詩が脚光を浴びているらしい。

雨ニモマケズ (画本宮澤賢治)

そごうの美術展では、『雨ニモマケズ』が自身の手で記された手帳が、ガラスのショーケースの中に展示されていた。手帳には、まるで「彫ってある」かのように、力強い文字が書きとめられていた。ひとつひとつの単語、一文字に込められた宮沢賢治の意志の強さが見てとれる。

私の思い出のなかの岩手の風景を重ねあわせつつ、宮沢賢治はどのような気持ちでこの詩を書いたのか、考えさせられた。雄大で、ときに過酷な自然を前にした人間の無力感、一方、無力であることを自覚した人間の不屈の精神。平易な言葉で綴られたこの詩は、岩手ののどかな『ふるさと』の風景しか知らない私に、人の在り方を静かに語りかけてきた。

宮沢賢治展の写真