事案の概要

本件土地はAの所有であった。
Aは昭和56年12月3日死亡した。
Aの相続人はX、Y、B、C及びDの 5名である。
共同相続人間で遺産分割協議が成立し、Xが本件土地を相続した。
本件土地にはYを所有者とする所有権移転登記が経由されている。

そこで、Xは、Yに対し、所有権に基づき、上記登記の抹消登記手続を求めた。

これに対し、Yは抗弁として、(1) 共同相続人間で、本件土地の持分2分の1をYに相続させる旨の遺産分割協議の修正合意をした、(2) 昭和57年3月末頃、Xは、Yに対し、本件土地の持分2分の1を贈与した、旨の抗弁を提出して争った。

一審は、Yの抗弁のうち(1)については「遺産分割協議の修正とは、一旦成立した遺産分割の全部又は一部を解除し、再度分割の合意をなすことをいうものと解されるところ、右のような合意が許されるかについては、消極的に解するのが相当である。即ち、民法九〇九条本文により遡及効のある分割について再分割のくり返しが許されるとすると、法的安定性が著しくそこなわれるおそれがあるうえ、右遡及効により相続開始のときから当該権利を有することとなった者のみがその権利の処分等をなし得るものとしても、同人から贈与等を受ければ、実際上右遺産分割協議の修正と同様の結果を実現でき、当事者に不利益は生じないことからして、右遺産分割協議の修正の合意は許されないものと考えられる。」との理由により主張自体失当とし、(2)については、贈与の意思を認めるに足る証拠はないとした。
原審は、一審判決の理由説示を引用し、一審の判断を支持した。

本判決の内容(抜粋)

最高裁平成2年9月27日第一小法廷判決
 共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解されるから、原判決がこれを許されないものとして右主張自体を失当とした点は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。しかしながら、原判決は、その説示に徴し、上告人の右主張事実を肯認するに足りる証拠はない旨の認定判断をもしているものと解され、この認定判断は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りるから、上告人の右主張を排斥した原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨は、ひっきょう、原判決の結論に影響しない説示部分を論難するものであって、採用することができない。

前提知識と簡単な解説

遺産分割について

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条本文)、相続人が数人あるときは、相続財産は、共同相続人の共有に属し(民法898条1項)、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。この「共有」は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではないと解されており(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)、「遺産共有」と呼ばれています。
各共同相続人は、遺産共有を解消するために、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができ(民法907条1項)、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、遺産の分割を家庭裁判所に請求することができます(民法907条2項本文)。
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生じますが(民法909条本文)、第三者の権利を害することはできません(民法909条ただし書)。

遺産分割協議の民法541条による解除

法定相続人の一人が民法541条による解除を主張した事案において、最高裁は、「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法五四一条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。けだし、遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。」と判示していました(最高裁平成元年2月9日第一小法廷判決)。

本判決の位置付け

本判決は、合意解除及び再分割協議の可否という論点について、判断を示したものです。