事案の概要
- 本件土地は、もとDの所有であったが、同人の死亡により、同人の妻であるEとDの兄弟姉妹(代襲相続人を含む。)28名、合計29名の共有となった(Eの持分は登記簿上22680分の15120、すなわち3分の2と登記されている。)。
- Eは昭和57年7月28日死亡し、相続人がいなかったため、上告人Xらは、Eの特別縁故者として家庭裁判所へ相続財産分与の申立てをし、同家庭裁判所は、昭和61年4月28日、本件土地のEの持分の各2分の1を上告人らに分与する旨の審判をした。
- Xらは、同年7月22日、被上告人Yに対し、右審判を原因とする本件土地のEの持分の全部移転登記手続(上告人ら各2分の1あて)を申請したところ、Yは、同年八月五日、不動産登記法四九条二号に基づき事件が登記すべきものでないとの理由でこれを却下する旨の決定をした(以下「本件却下処分」という。)。
原審は、上記事実関係の下において、共有者の一人が相続人なくして死亡したときは、その持分は、民法255条により当然他の共有者に帰属するのであり、民法958条の3に基づく特別縁故者への財産分与の対象にはなりえないと解すべきであるから、Eの持分も右財産分与の対象にはならず、上告人らの登記申請は不動産登記法49条2号により却下すべきであり、したがって、本件却下処分は適法であるとして、本件却下処分を取り消した第一審判決を取り消して、上告人らの請求を棄却した。
本判決の内容(抜粋)
- 最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決
- 昭和三七年法律第四〇号による改正前の法は、相続人不存在の場合の相続財産の国庫帰属に至る手続として、九五一条から九五八条において、相続財産法人の成立、相続財産管理人の選任、相続債権者及び受遺者に対する債権申出の公告、相続人捜索の公告の手続を規定し、九五九条一項において「前条の期間内に相続人である権利を主張する者がないときは、相続財産は、国庫に帰属する。」と規定していた。右一連の手続関係からみれば、右九五九条一項の規定は、相続人が存在しないこと、並びに、相続債権者及び受遺者との関係において一切の清算手続を終了した上、なお相続財産がこれを承継すべき者のないまま残存することが確定した場合に、右財産が国庫に帰属することを定めたものと解すべきである。
他方、法二五五条は、「共有者ノ一人カ……相続人ナクシテ死亡シタルトキハ其持分ハ他ノ共有者ニ帰属ス」と規定しているが、この規定は、相続財産が共有持分の場合にも相続人不存在の場合の前記取扱いを貫くと、国と他の共有者との間に共有関係が生じ、国としても財産管理上の手数がかかるなど不便であり、また、そうすべき実益もないので、むしろ、そのような場合にはその持分を他の共有者に帰属させた方がよいという考慮から、相続財産の国庫帰属に対する例外として設けられたものであり、法二五五条は法九五九条一項の特別規定であったと解すべきである。したがって、法二五五条により共有持分である相続財産が他の共有者に帰属する時期は、相続財産が国庫に帰属する時期と時点を同じくするものであり、前記清算後なお当該相続財産が承継すべき者のないまま残存することが確定したときということになり、法二五五条にいう「相続人ナクシテ死亡シタルトキ」とは、相続人が存在しないこと、並びに、当該共有持分が前記清算後なお承継すべき者のないまま相続財産として残存することが確定したときと解するのが相当である。
ところで、昭和三七年法律第四〇号による法の一部改正により、特別縁故者に対する財産分与に関する法九五八条の三の規定が、相続財産の国庫帰属に至る一連の手続の中に新たに設けられたのであるが、同規定は、本来国庫に帰属すべき相続財産の全部又は一部を被相続人と特別の縁故があった者に分与する途を開き、右特別縁故者を保護するとともに、特別縁故者の存否にかかわらず相続財産を国庫に帰属させることの不条理を避けようとするものであり、そこには、被相続人の合理的意思を推測探究し、いわば遺贈ないし死因贈与制度を補充する趣旨も含まれているものと解される。
そして、右九五八条の三の規定の新設に伴い、従前の法九五九条一項の規定が法九五九条として「前条の規定によつて処分されなかつた相続財産は、国庫に帰属する。」と改められ、その結果、相続人なくして死亡した者の相続財産の国庫帰属の時期が特別縁故者に対する財産分与手続の終了後とされ、従前の法九五九条一項の特別規定である法二五五条による共有持分の他の共有者への帰属時期も右財産分与手続の終了後とされることとなったのである。この場合、右共有持分は法二五五条により当然に他の共有者に帰属し、法九五八条の三に基づく特別縁故者への財産分与の対象にはなりえないと解するとすれば、共有持分以外の相続財産は右財産分与の対象となるのに、共有持分である相続財産は右財産分与の対象にならないことになり、同じ相続財産でありながら何故に区別して取り扱うのか合理的な理由がないのみならず、共有持分である相続財産であっても、相続債権者や受遺者に対する弁済のため必要があるときは、相続財産管理人は、これを換価することができるところ、これを換価して弁済したのちに残った現金については特別縁故者への財産分与の対象となるのに、換価しなかった共有持分である相続財産は右財産分与の対象にならないということになり、不合理である。さらに、被相続人の療養看護に努めた内縁の妻や事実上の養子など被相続人と特別の縁故があった者が、たまたま遺言等がされていなかったため相続財産から何らの分与をも受けえない場合にそなえて、家庭裁判所の審判による特別縁故者への財産分与の制度が設けられているにもかかわらず、相続財産が共有持分であるというだけでその分与を受けることができないというのも、いかにも不合理である。これに対し、右のような場合には、共有持分も特別縁故者への財産分与の対象となり、右分与がされなかった場合にはじめて他の共有者に帰属すると解する場合には、特別縁故者を保護することが可能となり、被相続人の意思にも合致すると思われる場合があるとともに、家庭裁判所における相当性の判断を通して特別縁故者と他の共有者のいずれに共有持分を与えるのが妥当であるかを考慮することが可能となり、具体的妥当性を図ることができるのである。
したがって、共有者の一人が死亡し、相続人の不存在が確定し、相続債権者や受遺者に対する清算手続が終了したときは、その共有持分は、他の相続財産とともに、法九五八条の三の規定に基づく特別縁故者に対する財産分与の対象となり、右財産分与がされず、当該共有持分が承継すべき者のないまま相続財産として残存することが確定したときにはじめて、法二五五条により他の共有者に帰属することになると解すべきである。
前提知識と簡単な解説
相続の効力
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き(民法896条ただし書)、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。
相続人の範囲
民法は相続人の範囲について次のように定めています。
(1) 被相続人の配偶者は常に相続人となります(民法890条前段)。
(2) 被相続人の子は相続人となります(民法887条1項)。被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は相続人の欠格事由(民法891条)に該当し,若しくは廃除(民法892条)によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となります(民法887条2項本文)。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りではありません(民法887条2項ただし書)。代襲者が、相続の開始以前に死亡していた場合等は、代襲者の子がさらに代襲して相続人となります(民法887条3項)。
(3) 子又はその代襲者がいない場合には、次の順序に従って相続人となります(民法889条1項)。(一)被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者を先にします。(二)被相続人の兄弟姉妹。兄弟姉妹が,相続の開始以前に死亡していた場合等は、兄弟姉妹の子が代襲して相続人となります(民法889条2項において準用する民法887条2項)。
相続人の不存在
相続人のあることが明らかでないときは、相続財産の清算の目的のため、相続財産は法人とされ(民法951条)、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所は、相続財産の管理人を選任します(民法952条1項。追記:令和3年民法改正により「管理人」は「清算人」と名称を改められています。)。選任された相続財産管理人は、民法103条に定める保存行為等を行うほか、必要な場合には、家庭裁判所の許可を得た上で、保存等を超える行為をすることができます(民法953条において準用する民法28条)。
相続財産管理人は、すべての相続債権者及び受遺者に対し、一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告します(民法957条1項前段)。公告期間満了後、相続財産をもって、その期間内に申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれの債権額の割合に応じて弁済をし(民法957条2項において準用する民法929条本文)、その後に受遺者に対して弁済をします(民法957条2項において準用する民法931条)。
特別縁故者に対する相続財産の分与
相続人捜索の公告(令和3年改正前民法第958条)の期間内に相続人としての権利を主張する者がなかった場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができます(令和3年改正前民法第958条の3第1項)。特別縁故者による請求は、相続人捜索の公告後3か月以内にしなければなりません(令和3年改正前民法第958条の3第2項)
特別縁故者に対する相続財産の分与もされなかった相続財産は、国庫に帰属します(民法959条前段)。
共有持分について
共有者の一人が、その持分を放棄したとき、又は死亡して相続人がないときは、その持分は、他の共有者に帰属します(民法255条)。
本判決の意義
共有者の一人が相続人なくして死亡した場合におけるその持分の帰趨について、民法255条が優先的に適用されるとする見解と、民法958条の3が優先的に適用されるとする見解が対立していました。
本判決は、民法958条の3が優先的に適用となると判示しました(ただし、民法255条が優先して適用されるとする反対意見も付されています)。