法人の職員の退職手当に関する規程において、死亡退職金の受給権者について民法の相続順位決定の原則とは異なる定め方がされている場合に、死亡退職金の受給権は受給権者たる遺族が「自己固有の権利として取得する」ものであり、相続財産に属さず、「他の相続人による相続の対象となるものではない」と判示しました。
事案の概要
- 被上告人Yは、日本貿易振興会法により設立された財団法人海外貿易振興会の一切の権利、義務を承継して設立された特殊法人である。
- 訴外Aは、昭和26年5月18日から右財団法人海外貿易振興会及びYに雇われていた。
- Aは、在職中である昭和50年2月28日死亡した。
- Aの相続人のあることが明らかでないため亡A相続財産法人が成立した。
- Yの内部規程として「職員の退職手当に関する規程」(以下「本件規程」という。)がある。
死亡退職金については、本件規程第2条で「この規程による退職手当は、本会の職員で常時勤務に服することを要するものが退職した場合に、その者(死亡による退職の場合には、その遺族)に支給する。」と規定し、本件規程第8条で、遺族の範囲及び順位を規定している。その要旨は、(1)遺族の範囲は、(一)配偶者(内縁の配偶者を含む)、(二)子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で職員の死亡当時主としてその収入によって生計を維持していたもの、(三)前各号に掲げる者の外、職員の死亡当時主としてその収入によって生計を維持していた親族、(四)子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で(二)に該当しないもの、とし、(2)前項に掲げる者が退職手当を受ける順位は、前項各号の順位により、第(二)号及び第(四)号に掲げる者のうちにあっては、同号に掲げる順位による。この場合において、父母については養父母を先にし実父母を後にし、祖父母については養父母の父母を先にし実父母の父母を後にし、父母の養父母を先にし父母の実父母を後にする、(3)退職手当の支給を受けるべき同順位の者が二人以上ある場合には、その人数によって等分して支給する、というものであった。
判決文(抜粋)
- 最高裁昭和55年11月27日第一小法廷判決
- 被上告人の「職員の退職手当に関する規程」二条・八条は被上告人の職員に関する死亡退職金の支給、受給権者の範囲及び順位を定めているのであるが、右規程によると、死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であつて、配偶者があるときは子は全く支給を受けないこと、直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となり、嫡出子と非嫡出子が平等に扱われ、父母や養父母については養方が実方に優先すること、死亡した者の収入によつて生計を維持していたか否かにより順位に差異を生ずることなど、受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされているというのであり、これによつてみれば、右規程は、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当であり、そうすると、右死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではないというべきである。
前提知識と簡単な解説
相続の効力
相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き(民法896条ただし書)、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。
相続人の範囲
民法は相続人の範囲について次のように定めています。
(1) 被相続人の配偶者は常に相続人となります(民法890条前段)。
(2) 被相続人の子は相続人となります(民法887条1項)。被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は相続人の欠格事由(民法891条)に該当し,若しくは廃除(民法892条)によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となります(民法887条2項本文)。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りではありません(民法887条2項ただし書)。代襲者が、相続の開始以前に死亡していた場合等は、代襲者の子がさらに代襲して相続人となります(民法887条3項)。
(3) 子又はその代襲者がいない場合には、次の順序に従って相続人となります(民法889条1項)。(一)被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者を先にします。(二)被相続人の兄弟姉妹。兄弟姉妹が,相続の開始以前に死亡していた場合等は、兄弟姉妹の子が代襲して相続人となります(民法889条2項において準用する民法887条2項)。
相続人の不存在
相続人のあることが明らかでないときは、相続財産の清算の目的のため、相続財産は法人とされ(民法951条)、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所は、相続財産の管理人を選任します(民法952条1項。追記:令和3年民法改正により「管理人」は「清算人」と名称を改められています。)。選任された相続財産管理人は、民法103条に定める保存行為等を行うほか、必要な場合には、家庭裁判所の許可を得た上で、保存等を超える行為をすることができます(民法953条において準用する民法28条)。
相続財産管理人は、相続財産をもって、相続債権者及び受遺者に対して、弁済を行います(民法957条2項において準用する民法929条本文、民法931条)。相続人の不存在が確定し(民法958条)、なお残った相続財産があるときは、特別縁故者に分与されたものを除き(民法958条の2第1項)、国庫に帰属し(民法959条本文)、相続財産法人は消滅します。
問題の所在
本件では、死亡退職金の受給権が、受給権者の固有の権利か、退職者の相続財産に属するかが争点となりました。
一般に退職金の性格については、(1)賃金の後払いとしての性格、(2) 功労報償的性格、(3) 生活保障としての性格があると考えられており、法令や就業規則等の内容によって、個別的に決定されることになります。
本判決は、本件規程を「専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもの」とした上で、「受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得する」ものであるから、「死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではない」と判示しました。