民法第512条
  1. 債権者が債務者に対して有する一個又は数個の債権と、債権者が債務者に対して負担する一個又は数個の債務について、債権者が相殺の意思表示をした場合において、当事者が別段の合意をしなかったときは、債権者の有する債権とその負担する債務は、相殺に適するようになった時期の順序に従って、その対当額について相殺によって消滅する。
  2. 前項の場合において、相殺をする債権者の有する債権がその負担する債務の全部を消滅させるのに足りないときであって、当事者が別段の合意をしなかったときは、次に掲げるところによる。
    1. 債権者が数個の債務を負担するとき(次号に規定する場合を除く。)は、第488条第4項第2号から第4号までの規定を準用する。
    2. 債権者が負担する一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべきときは、第489条の規定を準用する。この場合において、同条第2項中「前条」とあるのは、「前条第4項第2号から第4号まで」と読み替えるものとする。
  3. 第1項の場合において、相殺をする債権者の負担する債務がその有する債権の全部を消滅させるのに足りないときは、前項の規定を準用する。
平成29年改正前民法第512条
第488条から第491条までの規定は、相殺について準用する。

条文の趣旨と解説

受働債権が数個あり、かつ自働債権がその全部を消滅させるのに足りないときは、どの債権と相殺するかという相殺充当の問題が生じます。

平成29年改正前民法下における規律

平成29年改正前民法512条は、相殺充当につき、弁済充当に関する規定(改正前民法488条ないし491条)を準用するとのみ規定していました。

しかし、相殺の遡及効(506条2項)を考慮すると、まず相殺の対象となる債権が定まらなければ、充当の対象となる利息及び遅延損害金の金額が定まらず、したがって直ちに弁済充当の規定を適用することができないという問題がありました。

この点について、最高裁昭和56年7月2日第一小法廷判決は、「元本債権が相殺に供しうる状態となるにいたった時期の順に従うべく、その時期を同じくする複数の元本債権相互間及び元本債権と利息・費用債権との間で充当の問題を生じたときは右489条、491条の規定を準用して充当を行う」と判示していました。

改正民法の規律

改正民法は、基本的にこの判例法理を参考にし、次のような規律を定めています(民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明』、部会資料69A)。

まず、当事者間に合意がない限り、相殺適状が生じた順序に従って、相殺の対象となる債権を確定します(本条1項)。

次に、一個の自働債権と数個の受働債権とを相殺する場合において、相殺をする債権者が有する債権がその債務の全部を消滅させるのに足りないときには、488条4項第2号から第4号までの規定を準用します(本条2項1号)。
また、債権者の負担する債務について元本のほか利息及び費用を支払うべきときは、489条の規定を準用します(本条2項2号)。

なお、厳密には相殺充当の場面ではないものの、相殺をする債権者が負担する債務が、債権者が有する債権の全部を消滅させるのに足りない場合にも、上記規律が妥当するものとして、本条2項が準用されるものとしています(本条3項)。

条文の位置付け