事案の概要

  • 本件土地の所有者であったDは、昭和62年12月21日、本件土地を上告人Xらに死因贈与し(Xらの持分各二分の一)、Xらは、同月23日、本件土地につき右死因贈与を登記原因とする始期付所有権移転仮登記を経由した。
  • Dは平成5年5月9日死亡し、その相続人はXら及びEであったが、Eについては同年7月9日に相続放棄の申述が受理され、Xらは同年8月3日に限定承認の申述受理の申立てをし、右申述は同月26日に受理された。
  • Xらは、平成5年8月4日、本件土地につき上記仮登記に基づく所有権移転登記を経由した。
  • Yは、Dに対して有する債権についての執行証書の正本にDの相続財産の限度内においてその一般承継人であるXらに対し強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受け、これを債務名義として本件土地につき強制競売の申立てをし、地方裁判所は平成6年11月29日強制競売開始決定をし、本件土地に差押登記がされた

本判決の内容(抜粋)

最高裁平成10年2月13日第二小法廷判決
 不動産の死因贈与の受贈者が贈与者の相続人である場合において、限定承認がされたときは、死因贈与に基づく限定承認者への所有権移転登記が相続債権者による差押登記よりも先にされたとしても、信義則に照らし、限定承認者は相続債権者に対して不動産の所有権取得を対抗することができないというべきである。ただし、被相続人の財産は本来は限定承認者によって相続債権者に対する弁済に充てられるべきものであることを考慮すると、限定承認者が、相続債権者の存在を前提として自ら限定承認をしながら、贈与者の相続人としての登記義務者の地位と受贈者としての登記権利者の地位を兼ねる者として自らに対する所有権移転登記手続をすることは信義則上相当でないものというべきであり、また、もし仮に、限定承認者が相続債権者による差押登記に先立って所有権移転登記手続をすることにより死因贈与の目的不動産の所有権取得を相続債権者に対抗することができるものとすれば、限定承認者は、右不動産以外の被相続人の財産の限度においてのみその債務を弁済すれば免責されるばかりか、右不動産の所有権をも取得するという利益を受け、他方、相続債権者はこれに伴い弁済を受けることのできる額が減少するという不利益を受けることとなり、限定承認者と相続債権者との間の公平を欠く結果となるからである。そして、この理は、右所有権移転登記が仮登記に基づく本登記であるかどうかにかかわらず、当てはまるものというべきである。

前提知識と簡単な解説

死因贈与について

死因贈与は、贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与であり、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定が準用されます(民法554条)。

相続の承認及び放棄について

相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものとされています(民法896条本文)。
一方で、相続人は相続の承認又は放棄の選択をすることが認められており、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に(「熟慮期間」といいます。)、相続について承認又は放棄をすることができます(民法915条1項本文)。

単純承認について

単純承認によって、相続人は、無限に被相続人の権利義務を承継します(民法920条)。
民法は、次の場合には、相続人は単純承認をしたものとみなすと規定しています(民法921条)。
(1) 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び民法602条に定める期間を超えない賃貸借をする場合を除きます(同条1号)。
(2) 相続人が民法915条1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき(同条2号)。
(3) 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りではありません(同条3号)。

相続放棄について

相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(民法938条)。相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

限定承認について

限定承認をしようとする者は、相続財産の目録を作成して過程裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければなりません(民法924条)。相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してする必要があります(民法923条)。
限定承認をした相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ、被相続人の相続債権者及び受遺者に対する責任を引き受けます(民法922条)。

限定承認者は、限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべきことを公告します(民法927条1項前段)。公告期間満了後、相続財産をもって、その期間内に申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれの債権額の割合に応じて弁済をし(民法929条本文)。相続債権者に対して弁済をした後に、受遺者に対して弁済をすることになります(民法931条)。

本判決の意義

本判決は、限定承認をした相続人が死因贈与による不動産の取得を相続債権者に対抗することの可否について、「死因贈与に基づく限定承認者への所有権移転登記が相続債権者による差押登記よりも先にされたとしても、信義則に照らし、限定承認者は相続債権者に対して不動産の所有権取得を対抗することができないというべき」と判示しました。