民法第209条
  1. 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
    一 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
    二 境界標の調査又は境界に関する測量
    三 第233条第3項の規定による枝の切取り
  2. 前項の場合には、使用の日時、場所及び方法は、隣地の所有者及び隣地を現に使用している者(以下この条において「隣地使用者」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
  3. 第1項の規定により隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地使用者に通知しなければならない。ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。
  4. 第1項の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
令和3年改正前民法第209条
  1. 土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。
  2. 前項の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。

条文の趣旨と解説

隣接する不動産の所有者相互の利用を調節するための規定です。

令和3年民法・不動産登記法改正

隣地使用の承諾について

令和3年改正前民法は、隣地の使用を「請求することができる」と規定しており、工事のために隣地を使用する必要のある者は、隣地所有者等の承諾を求めなければならないと解されていました。仮に隣地所有者の所在が不明であるなど承諾を得ることができない場合には、承諾に代わる判決を得ない限り、隣地を使用することができないこととなります(我妻栄『新訂物権法』)。
このような規律は、承諾を得るために相当の時間や労力を費やすこととなり、土地の利用を阻害する要因となっているとの指摘がされていました。

そこで、改正民法209条は、端的に、隣地を「使用することができる」とする構成をとり、他方、隣地所有者の利益保護の観点から、原則として、あらかじめ隣地の所有者及び隣地使用者に対して通知しなければならないものとしました(『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』、部会資料51)。

隣地を使用することができる場合

改正前民法は、隣地の使用を請求できる場合について「境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため」と規定していました。
しかし、同項に挙げられていない工事等の際に、隣地の使用を請求できるかは必ずしも明らかではなく、土地の利用が制限されているとの指摘がありました。

また、土地の境界を明らかにすることが不動産に関する社会経済活動を支えるものとして重要であると考えられることから、境界標の調査又は境界を確定するための測量の目的で隣地使用を認める規律を設ける必要性が指摘されていました。

そこで、改正民法は、隣地を使用することができる場合として、次のように規定します(本条1項本文)。
(1) 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
(2) 境界標の調査又は境界に関する測量
(3) 民法233条3項の規定による枝の切取り

住家への立入り

住家には、居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできません(本条1項ただし書)。

この点については、法制審議会民法・不動産登記法部会における審議過程において、例えば建物が密集する住宅地で境界標の調査のために隣地の住家の窓から確認をする必要があるなど、特に必要がある場合には、住家への立入りの承諾を求めることができるとする規律を設けることも検討されていました(『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』)。

しかし、隣人の平穏な生活やプライバシーの保護の観点から、隣人の住家に立ち入るためには、必ずその隣人の承諾が必要であり、隣人はこれを自由に拒否することができると解する見解が多数説といえます。また、この多数説に立ったとしても、、建物の屋上部分や非常階段などについては「住家」に当たらないと解釈するなどして、目的を達することができるケースも多いと考えられます(部会資料46)。

そこで、新たな規律を設けることはせず、現行法の規律が維持されることとなりました。

条文の位置付け